45 / 46
サンタヤーナの警句(第四十五話)
しおりを挟む
四十五
権田との決裂は即ち、華やかな世界との決別を意味した。
後ろ盾を失った者の言葉なんて、支柱を外したアサガオのようなものだ。自らの重みにすら耐えられず、萎えてへたり込んで色あせて干からびるのが落ちだろう。地上波出演のオファーは皆無となり、替わって“新星”に祭り上げられたのは銀行系シンクタンクを辞めてフリーの経済評論家へと転じた高橋天馬だった。
思えば羽柴隆三という“あだ花”は、ほんのちょっとの間だけ花を咲かせたに過ぎなかった。地上波だけでなく新聞雑誌の主要メディアはこぞって隆三を見捨て、若き希望の星へと乗り換えた。世間はすぐに忘れるだろう。彼が鳴らした何かの警鐘なんて--。彼が語った何かのことなんて--。そして彼という人間がこの世に存在した事実すらも--。
会社にとって隆三は、以前にも増して“腫れ物”となった。“あだ花”が艶やかな色彩を放っていた間は、会社の宣伝にもなるからといってまるで“人寄せパンダ”のようにおだて上げたものの、それらが突如として打ち切られてみると、例の“厄介者”へ向ける視線を浴びせかけたのだった。
確かに一度はメジャーな世界にもてはやされ、そして盛りを過ぎた商売女のように見向きもされなくなった人間をどう扱ったらいいものか、上層部の苦悩も分からないでもない。だがそんな隆三にどう接していいか、最も困惑したのは鉾田ななみだろう。彼女はそんな隆三を“近寄り難い人”と見做して遠ざかって行った。
また独りになった。考えようによってはそれが最も彼らしい在り方なのかも知れない。ただ一部のインターネット放送だけが、引き続き彼を起用してくれたのは幸いだった。そしてほんの束の間“あだ花”となった一連の出来ごとを通じて、彼の中に大きな科学変化が起こっていたのも確かだった。もはや彼は孤独を厭わなかった。恐れなかった。しり込みしなかった。
隆三はその番組を通じて通貨制度改革の“王道”を唱え続けた。
「通貨は人類全体の問題です。通貨覇権を巡ってしのぎを削る時代は終わったのです」--。
ある日の番組で彼はこう発言した。もともと世間の誰しも「お金」は好きだが、「通貨の問題」など考えたことはない。いわんや通貨の何が問題なのかにおいてをや……。
案の定、発言への反応は皆無だった。視聴者からもスタジオの出演者からも。だがほんの一握りだけ、彼のこの発言に危惧の念を抱いた者たちがいた。
すっかり“孤高の人”となった隆三は、生放送を終えて帰宅の途についた。夕闇は夜の暗さに変わろうとしていた。街頭に照らされた通りのイチョウ並木はすっかり色を変えていた。心なしか薄闇が辺りの空気を冷え冷えさせ、乾いた夜の中を車のテールランプが幾筋も流れて行った。
ふと側道に止まっていたバンのスライドドアが開くと、覆面姿の男たちが飛び出し、隆三を羽交い絞めにした。それはとてつもない力で、抗う間もなく口元にハンカチを当てられた。彼が覚えているのはそこまでだった。かすかに記憶にこびりついたものと言えば、身体から力が抜けて重くなるのと意識が遠のいていったことだった。
それからどれほど経ったのだろう--。
あるいは何日も何週間も前のことだったかも知れないし、もしかしたらつい今しがたの出来ごとだったのかも知れない。それはともかく、失った意識を取り戻したとき彼はよだれを垂らしていた。薄ぼんやりと視界が開けると、黒ずくめの屈強な男たちに取り囲まれていた。
ここはどこなのだろう--?
何か見覚えがあるような気がした。ずっと身近にある場所という気もした。目の前にはさらにあり触れたものが床へ据え付けられてあった。
そうだ、これは便器だ--。
朦朧とする意識は細い糸を手繰り寄せ、バラバラになったパーツを一つまたひとつと繋ぎ合わせた。洗面所があった。おむつの交換台があった。身障者用の手すりがあった。
どうやら公園の多目的トイレらしい……。
黒ずくめの男たちは両脇から隆三を抱き起して便器の上に座らせた。ようやく半分ほど意識は取り戻したものの、依然として身体に力の入らない隆三は、男たちのするがままにされていた。男の一人が金属の小箱から注射器を取り出し、針を天井へ向けて空気抜きをした。そして別の男へ合図して隆三の腕を押さえつけさせた。
「薬物の過剰摂取による心臓麻痺」--。
ふと井坂のことが頭をよぎった。そうか--。そうだったのか--。
するとリーダー格の男が前へ立ち、こう言い捨てた。
「余計なことを口走りやがって」
その声には聞き覚えがあった。だが誰なのかを追求する気は起らなかった。
権田との決裂は即ち、華やかな世界との決別を意味した。
後ろ盾を失った者の言葉なんて、支柱を外したアサガオのようなものだ。自らの重みにすら耐えられず、萎えてへたり込んで色あせて干からびるのが落ちだろう。地上波出演のオファーは皆無となり、替わって“新星”に祭り上げられたのは銀行系シンクタンクを辞めてフリーの経済評論家へと転じた高橋天馬だった。
思えば羽柴隆三という“あだ花”は、ほんのちょっとの間だけ花を咲かせたに過ぎなかった。地上波だけでなく新聞雑誌の主要メディアはこぞって隆三を見捨て、若き希望の星へと乗り換えた。世間はすぐに忘れるだろう。彼が鳴らした何かの警鐘なんて--。彼が語った何かのことなんて--。そして彼という人間がこの世に存在した事実すらも--。
会社にとって隆三は、以前にも増して“腫れ物”となった。“あだ花”が艶やかな色彩を放っていた間は、会社の宣伝にもなるからといってまるで“人寄せパンダ”のようにおだて上げたものの、それらが突如として打ち切られてみると、例の“厄介者”へ向ける視線を浴びせかけたのだった。
確かに一度はメジャーな世界にもてはやされ、そして盛りを過ぎた商売女のように見向きもされなくなった人間をどう扱ったらいいものか、上層部の苦悩も分からないでもない。だがそんな隆三にどう接していいか、最も困惑したのは鉾田ななみだろう。彼女はそんな隆三を“近寄り難い人”と見做して遠ざかって行った。
また独りになった。考えようによってはそれが最も彼らしい在り方なのかも知れない。ただ一部のインターネット放送だけが、引き続き彼を起用してくれたのは幸いだった。そしてほんの束の間“あだ花”となった一連の出来ごとを通じて、彼の中に大きな科学変化が起こっていたのも確かだった。もはや彼は孤独を厭わなかった。恐れなかった。しり込みしなかった。
隆三はその番組を通じて通貨制度改革の“王道”を唱え続けた。
「通貨は人類全体の問題です。通貨覇権を巡ってしのぎを削る時代は終わったのです」--。
ある日の番組で彼はこう発言した。もともと世間の誰しも「お金」は好きだが、「通貨の問題」など考えたことはない。いわんや通貨の何が問題なのかにおいてをや……。
案の定、発言への反応は皆無だった。視聴者からもスタジオの出演者からも。だがほんの一握りだけ、彼のこの発言に危惧の念を抱いた者たちがいた。
すっかり“孤高の人”となった隆三は、生放送を終えて帰宅の途についた。夕闇は夜の暗さに変わろうとしていた。街頭に照らされた通りのイチョウ並木はすっかり色を変えていた。心なしか薄闇が辺りの空気を冷え冷えさせ、乾いた夜の中を車のテールランプが幾筋も流れて行った。
ふと側道に止まっていたバンのスライドドアが開くと、覆面姿の男たちが飛び出し、隆三を羽交い絞めにした。それはとてつもない力で、抗う間もなく口元にハンカチを当てられた。彼が覚えているのはそこまでだった。かすかに記憶にこびりついたものと言えば、身体から力が抜けて重くなるのと意識が遠のいていったことだった。
それからどれほど経ったのだろう--。
あるいは何日も何週間も前のことだったかも知れないし、もしかしたらつい今しがたの出来ごとだったのかも知れない。それはともかく、失った意識を取り戻したとき彼はよだれを垂らしていた。薄ぼんやりと視界が開けると、黒ずくめの屈強な男たちに取り囲まれていた。
ここはどこなのだろう--?
何か見覚えがあるような気がした。ずっと身近にある場所という気もした。目の前にはさらにあり触れたものが床へ据え付けられてあった。
そうだ、これは便器だ--。
朦朧とする意識は細い糸を手繰り寄せ、バラバラになったパーツを一つまたひとつと繋ぎ合わせた。洗面所があった。おむつの交換台があった。身障者用の手すりがあった。
どうやら公園の多目的トイレらしい……。
黒ずくめの男たちは両脇から隆三を抱き起して便器の上に座らせた。ようやく半分ほど意識は取り戻したものの、依然として身体に力の入らない隆三は、男たちのするがままにされていた。男の一人が金属の小箱から注射器を取り出し、針を天井へ向けて空気抜きをした。そして別の男へ合図して隆三の腕を押さえつけさせた。
「薬物の過剰摂取による心臓麻痺」--。
ふと井坂のことが頭をよぎった。そうか--。そうだったのか--。
するとリーダー格の男が前へ立ち、こう言い捨てた。
「余計なことを口走りやがって」
その声には聞き覚えがあった。だが誰なのかを追求する気は起らなかった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる