風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第一章第十四節(暴虐)

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                 十四

 同じ頃、奉天では邦人への暴行、侮辱ぶじょく事件が相次ぎ、ハルピンでは明治洋行事件が発生する。
 五月三十一日、清の太祖ヌルハチの妻、孝慈高皇后こうじこうこうごうたてまつった「東陵とうりょう」で野遊会を催した富山県人会がトラックで帰る途中、奉天城内の四平街付近で人力車と接触した。トラックの朝鮮人運転手と華人車夫が口論になったところへ、華人巡警じゅんけい十数名が駆けつけ、トラックの荷台に乗っていた老人や婦女子を引き降ろし、小突き回した揚げ句に革のベルトを引き抜いて激しく殴打を加えた。巡警は女子おんなこどもに容赦なく、中には女性の着物の裾をまくり上げ、尻を突き出させた上で股間に手を突っ込むなど、言語に絶する凌辱りょうじょくを加えた者もいた。
 事件はすかさず外交問題となり、遼寧省側が謝罪することで矛を収めたが、被害者らは「腹の痛まぬ謝罪とやらで拳を下ろせというのか」と、政府への不満を募らせた。八月には日本の婦人が映画を見に行った帰り、十数人の華人にさらわれ強姦される事件も起こった。登校中の小学生が華人から石を投げつけられるなどは、満州に限らず大陸各地で頻発し、子どもを一人で登校させられない親たちは政府の弱腰を「情けない」と嘆くほかなかった。
 明治洋行事件とは、六月二日午後六時五十分頃、ハルビンのトルゴワヤ街にあるタクシー会社、明治洋行の店先で、同社を経営する中野清助氏の次女が縄跳びをしていたところ、通りかかった華人の史玉恒がいきなり縄をひったくり、少女を転倒させたうえ白昼堂々いたずらを加えようとした。それを見た同社の運転手中村清一郎が少女を助けようと駆け寄ると、史は逆ギレして中村の顔面を二回殴りつけた。中村は史を背負い投げで倒し、さらに柔道の締め落としをかけた。史が落ちそうになったので手を緩めたが、史はそのまま気絶した。すると、これを見ていた群衆が「殺した、殺した」とわめき立て、中村めがけて殺到してきたので、中村は家内に逃げ込み二階へ隠れた。騒ぎを聞きつけた華人巡警は仲間の巡警十数名とともに現場へ現われ、抜き身のピストルを片手に明治洋行内を捜索し、中村を捕縛ほばくして屋外へ引き出した。ちょうどそこへ日本人警官が駆けつけ、中村の身柄を取り戻す。
 騒ぎが起こったとき、明治洋行はじめ日系の新聞、通信社などから日本の警察に何度も通報をするが、警官はなかなかやってこなかった。たまりかねたもう一人の運転手、増淵喜三郎が従者を一人連れて車で警官を呼びに行こうとしたところ、群衆はその行く手をはばみ、石を振り上げ車の窓ガラスを粉々に割ると、二人を外へ引き出して袋叩きにした。一人は何とか逃げおおせ、増淵も一旦は車の下へ隠れたものの、再び引き出されて殴る蹴るの暴行を加えられ、肋骨を折るなどの重傷を負った。増淵はおっとり刀でやってきた警官に助けられ、担架で病院に運ばれたが、群衆は病院までの道のりを「日本人を皆殺しにしろ」と連呼しながら気勢を上げた。
 
 これらはあくまで新聞ネタになった刑事事件の一端に過ぎない。農地からの追い出しや鉱区の強制閉鎖など、民事に関わる事案は数え上げればキリがなく、とても紙幅しふくに収まらない。
 満鉄でも五月以降、鉄道運行妨害が相次ぎ、事変までに少なくとも八件の妨害行為が発生する。五月十八日には北大営近辺の踏切を巡察中の独立守備隊兵士の眼前で、行軍演習からの帰途にあった奉天軍兵士が線路上に三〇センチ角の石を積み上げた。巡察兵が直ちにこれを捕らえると、営内から武装した仲間の兵士たちが続々と集まり、巡察兵を取り囲んだ。その数は約三百人。今にも巡察兵に暴行を加えようとしたが、巡察兵は怯まず逮捕した奉天兵を連行しようとしたところへ先方の将校が出てきた。交渉の結果、わび証文を書かせることで矛を収めることになった。
 巡察兵はひと安心してその証文を持ち帰り、中隊長に読んでもらった。するとそれは詫証文どころか、「理由なく日本兵が我々の行軍を阻止した」と書かれた抗議文であった。怒りに震えた中隊長は、早速守備隊司令官を通じて奉天軍側の長官と面談し、「将来もし再びかくのごときことがあったならば、いかなる重大事件が発生するやもわからない」と戒告かいこくした。
 六月三日には奉天駅構内のポイントに石を挟ませて列車の進行を妨害。九日にも同駅の南二キロの踏切上に石が積み上げられていた。二十三日には渾河こんが駅南方の線路を横断しようとした奉天軍兵士を駅員が制止しようとしたところ、拳銃を振り回して逆に駅員を威嚇した。七月十四日にも京奉陸橋分遣隊の巡察兵を取り囲んで威嚇した上、邦人巡察兵を彼らの分駐所へ拉致しようとする事件が発生した。八月十六日は進行中の列車へ投石。三十一日は貨物盗難事件が発生……。
 暴虐ぼうぎゃく――。まさに張学良治下の満洲こそ、この言葉にふさわしい。
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