風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第四章政略

第四章第五節(奉天総領事2)

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                 五

 以上は、『片倉日誌』に基づき両者の会話である。
 片や林久治郎はやしきゅうじろう総領事も、東京の外務省へ宛てて同じやりとりを報告している。こちらにならえば、話はこうなる。

「いやぁ、今回の件では何かとお騒がせいたしております」
 林総領事を訪ねてきた三宅参謀長と片倉大尉は、応接のソファに小さくおさまりながら、ばつの悪そうな顔で来訪の意図を告げた。一連の軍の行動に関して、総領事の理解を得たいというのがその趣旨であった。
撫順ぶじゅんの中隊につきましては……」
 三宅はあくまで通常の訓練の一環に過ぎなかったとして、くだくだ弁解がましい話をしたが、撫順守備隊の動きは明らかに不自然だった。三宅の話にも矛盾するところが散見され、突っ込みどころは満載である。だがことがいったんおさまった以上、えて問題に取り上げることもなかろう。ここは“武士の情け”で見逃してやってもいい。
「まあ、過ぎたことですから――。今さらどうとなる訳でもなし」
 総領事は腕組みをしたまま、取り敢えず二人の話を聞き置くにとどめた。
 ところが軍服姿の二人はまだ腹に何かを抱えているようで、居住いずまいを正すとゆるしをうような口調で話を続けた。

「実は……、総領事もご承知の通り、ハルビン方面と吉林方面の情勢がすこぶる悪化しております。居留民の安全を確保するためにも……」
「再び軍を出動させるということですか?」
 林は機先きせんせいして、強い口調で問い返した。
「いやっ、そっ、そのっ……、まだその可能性があると申しているだけでして……」
 二人はさらに身を小さくして口をつぐんだ。ハルビンの大橋忠一おおはしちゅういち領事からは、居留民の安全を確保するため是非ぜひとも軍をこしてほしいと要請してくるが、大元締おおもとじめの了解が得られなければ動こうにも動けない。
 総領事はその立場を誇示こじするように、二人へ釘を刺した。

「ご承知かと思いますが、すでに政府は事件を拡大させない方針を内外に発しています。お申し出のことは政府の方針に背馳はいちするものにほかなりません」

 総領事は「政府方針」の殺し文句を武器に、反論の余地をふさいだ。
「もしこの先、居留民に危害がおよぶようなことがあれば、軍が出動して現地でこれを保護するのではなく、できるだけ居留民を非難させるよう仕向けるのが妥当かと思いますが」
「……」
 政府方針と言われればぐうの音も出ない。二人はすごすご引き下がるしかなかった。

 翌朝、まだ自宅にいた林は領事館員からの電話で起こされた。長春に待機していた関東軍が吉林へ向けて移動したとの知らせだった。
面従腹背めんじゅうふくはい」――。この言葉がよぎった。軍隊が勝手に動き出したのを、外交は“実力行使”で止められない。それでも政府の方針にそむいた以上は、必ず責任をとってもらう。林は早速、本庄司令官に会見を求めた。

 本庄司令官はアッケラカンといった表情で総領事を迎えた。その風采ふうさい凡庸ぼんようで、とても重大事じゅうだいじを取り仕切っている人のようには見えなかった。
「この人はことの重大さを分かっているのだろうか?」
 そんな印象すら浮かんだ。目先のことにしか頭が回らない“単細胞”の軍人へ、今回の事件がいかに深刻な国際問題を惹き起こしているかを説き、政府方針に従うべき義務を訴えた。
 すると軍司令官はひとことも反論せず、「もちろんです」と言って大きくうなずいたではないか。

 それでいながら関東軍は、青年聯盟と一緒になって電力や鉄道、銀行といった満洲のライフラインを牛耳ぎゅうじり、を着々と進めている。むしろ彼らこそが、反政府運動をきつけているとの噂が引きも切らない。
 軍部が満洲の内政へ干渉したとあっては、それが新たな火種となるのはけ合いだ。林は再度軍司令官を訪ね、注意を促した。すると今度も本庄司令官は、「おおせの通りです。注意しましょう」と言って相づちを打った。
 林の忠告にもかかわらず軍を吉林へ進めた参謀連中といい、暖簾のれんに腕押しの軍司令官といい、面従腹背めんじゅうふくはいやからを現地で制御せいぎょするにも限度がある。ここは政府中央で統率とうそつしてもらうに限る。
 林は早速、幣原外相へ宛て「軍の動きに掣肘せいちゅうを加えてくれるよう」要請した。
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