風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第五章(乱石山)

第五章第十一節(不心得者1)

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                 十一

 それから数日経って、洸三郎は田中や西村、横田と連れ立って近くの割烹屋かっぽうやへ夕飯を食べに行った。

「せやから、聯盟なんぞ脱退してしまった方がエエんや」
「ンにゃ、ボクは脱退せず聯盟を内側うちがわから指導すべきやと思います」
「日本が金持ちの国やったら、それでもエエかも知らん。せやけど実際は身代しんだい限りの貧乏国家や。なけなしの金使つこうて『五大国』だの『理事国』だのと腹の足しにもならん虚名きょめいに釣られてジュネーブくんだりまで出て行ったかて、何の利益も得られるもんやないやないか」
 
 この日の酒のさかなは、聯盟脱退の可否である。
 聯盟脱退論は事変後早くからあった。「国際聯盟」とは言うもののアメリカ合衆国もソ連邦も入っていない。そのじつはヨーロッパの大国の利益を代弁するか、はたまた世界の趨勢すうせいを決するには心許ない小国の“ガス抜き”の場にほかならない。長引く不況に国民があえぐ中、極東の日本にとってはあまりに縁遠えんどおい舞台まで足を伸ばして、敢えて不本意な扱いを受ける義理がどこにあるのか?――というのが、脱退論の趣旨である。

 聯盟側も大国の代弁者のような評判を立てられては面白くないからと、時おり判官はんがんびいきのように小国を持ち上げる。取り分けアジアにおいては、力こぶを入れて中華民国に肩入れした。聯盟の評判を高める上では有益な政策であったかもしれないが、それはそれでまた、日本人には面白くない。
 西村と田中は聯盟脱退派、洸三郎と横田が聯盟残留派と二派に分かれて舌戦ぜっせんと繰り広げている。

「聯盟を脱退するには二年前に通告をせにゃならんのですよ。いまから脱退するっちゅうても、満洲の今の問題の解決にはならんのです」
 洸三郎は聯盟の規約を持ち出して、感情に走ろうとする脱退派へ掣肘せいちゅうらわそうとした。
「ほな、このまま指くわえて聯盟の言いたいように、やりたいようにさせとけっちゅうんか? それはなんぼ何でも納得いかへん」
 確かに“感情論”と片付けてしまうのではあまりに短絡的過ぎる。人間社会は算盤そろばん勘定だけで動くものではない。感情は「価値感」によってき動かされる。その価値観は社会の重要な基盤、土台として現実世界にどっかと根を下ろしている。 

「洸ちゃんはそれでエエんか?」
 をもって説こうとしても、そう詰め寄られれば言葉に詰まる。
「何もボクかて今のような聯盟でエエとは思うとらん。せやさかい、なおさら聯盟に残って、日本の立場や言い分を声高こわだかに叫び続ける必要があると言うてるんや……」
「しっかし今回の事変かて、すべてはこれまでの外交不振ふしんのしわ寄せやないかい。関東軍が行動を起こしたからちゅうて、外務省が急ハンドル切るとは思えんがの!」

 田中の言うことも一理ある。現に日本はいま、軍部を押す国民の声と欧米諸国に気兼きがねして軍部を抑えんとする声に割れている。反軍部の急先鋒きゅうせんぽうが幣原外相以下の外務省ではないか。
 外交と軍事は本来、車の両輪でなくてはならないはずなのに、不幸にして日本では両者の対立が先鋭化している。聯盟のことを云々うんぬんするよりも、問題は国内にあるのかもしれない。
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