風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第五章(乱石山)

第五章第十節(初陣3)

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                 十
 
 事変直後に一時は消えた駅前広場のネオンサインが、元の通り派手な色彩で点滅を繰り返している。
 奉天駅は夜になってもにぎやかさを失わなかった。列車が足止めを食らっているらしく、駅舎の床にどっかと荷物を置いた旅人たちが、不安そうな面持ちで列車がのホームを見やっている。

 その姿を尻目に、別のホームへ列車がすべり込んできた。列車は乗客をき出し、次いでみ込むと駅を後にした。その都度駅は人混みであふれ、そして潮が引くように消えていった。
 軍用列車は一番奥のホームにまっていた。
 先頭の機関車はシューシューとき出した白い蒸気に浮かんで見えた。煙突からもうもうと上がるばい煙は、夜空にすぅーっと吸い込まれ、闇夜にけて消えた。

 列車のまわりを兵隊や鉄道員がせわしなく行きつ戻りつしている。プラットホームには十数人単位の小集団がいくつも整列していて、指揮官と思われる人影から訓示を受けていた。すでに乗車を終えた部隊もあって、車窓からホームの様子を眺めている。その顔はいずれも疲れ切っていたが、すでに幾度いくど死線しせんを越えたからか、どことなく自若じじゃくとしていた。
 
 洸三郎はホームにたたずんでいた。連絡員の男が暗がりからぬっと現れて、田中の方へ寄ってきた。
「さっきからああなんですわ……」
 男は告げ口のような口調で言うと、あごで洸三郎を指した。
 田中はそれを無視して洸三郎へ近寄り、腫れ物を触るように話しかけた。
「洸ちゃん、大丈夫か?」
「すんません。お手間とらしまして」
 しおらしく応じる洸三郎は、急に小さくなったように見えた。
(哀れだな)。
 そう思ったら急におかしくなった。
「これだからシロートは困りますよって。で、どないなってん?」

 洸三郎によれば、二十一日午後一時頃、鉄嶺てつれい東方の部落に潜んでいた敗残兵約二千人が、西へ進んで満鉄線得勝台とくしょうだい駅東側付近へ現れた。これを掃討そうとうするため、関東軍は独立守備隊第二、第五大隊を現地へ派遣した。
 十月四日にも多数の敗残兵が同方面に現れ、鉄道を横断して西方へ向かっと観察されている。敗残兵らは錦州へ向かっていると見られ、そこで旧所属部隊に復帰する公算が高い。このため、第二大隊は装甲列車に虎石台こせきだい中隊を乗せて得勝台とくしょうだい駅に、第五大隊は乱石山らんせきざんへと向かった。
 敵は日没とともに行動を起こし、午後九時頃両大隊と衝突した。

 いま駅にいる列車は、第二大隊の増援に向かうところだという。
「たしかに、こりゃあエライことになるか分からへんな」
 田中は関心したように軍用車両の連なりを目で追った。

 翌日、この事件は号外となって内地へ伝わった。
 
「二十一日午後十時ごろ満鉄線鉄嶺てつれいの南方乱石山らんせきざん付近に大砲多数を持てる支那兵数千名あらわれ、鉄嶺にあるわが兵と衝突し、目下交戦中、奉天よりわが援軍は二個列車で現場に急行した。これがため満鉄南行みなみゆき列車は鉄嶺に、北行きたゆき列車は奉天にとどまり混雑を極めている」
 
 号外に加えてその日の夕刊には、「支那兵大襲来【詳報】」とのカットを付けた三段通しの記事が載った。事件のあらましをさらに深掘りしたもので、「夜暗やいん、大挙して満鉄を横断」、「交戦五十分後撃退」との大見出しの横には、こうあった。
 
 「乱石山田中、両特派員【二十二日発】」
 
 ほろ苦い初陣ういじんとはなったが、とにもかくにも「特派員 渡邊洸三郎」は“ひとかどの”記者として、大毎奉天支局の“戦力”に名を連ねた。
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