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第五章(乱石山)
第五章第九節(初陣2)
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九
三十分ほどして、支局の電話が鳴った。田中が取ると、受話器の向こうから洸三郎の上ずった声がした。
「ひっ、ひょうたんよぉ、エライことになっとるわ……」
洸三郎の説明は要領を得なかった。勢いよく飛び出たものの、結局、一人では手に負えないからすぐに来てほしいということらしい。像のような体躯をよじらせて狼狽する姿が、受話越しにも伝わってきた。
(言わんこっちゃない)
心の中で田中がつぶやくと、まるでそれを聞いていたかのように西村が「フフフフフ」と笑った。田中は受話器の向こうに「うんうん」と答え、手短にアドバイスを与えた。
「すぐ行くさかい、そこで待っとれ」
そう言うとすぐに身支度を整え、後のことを西村に頼んで駅へと向かった。
ホームに立ち尽くしたまま、洸三郎は途方に暮れていた。いったい誰に会って、どう取材交渉するのか――。
あれほど頭の中で「取材現場だ」、「関東軍だ」と妄想を巡らしたのに、いざその場面になってみると、あんなにいっぱいいたはずの妄想どもは……、どいつもこいつも「ふっ」と消えていなくなってしまった。
そして“当たり前”で“単純”な「現実」だけが残った。
どこへ行って、誰にどう取材するか――。こんな“当たり前”のこと――。わざわざ他人に聞くのも馬鹿らしいほどごく“当たり前”のこと――。
西村や田中の方でもあまりに“当たり前”と思っていたから高を括っていた。
だが当の洸三郎はというと、その“当たり前”が分からなくて困っている。
つまりは“当たり前”ではなかったということだ。初めての人間に“当たり前”のことなんぞあろうはずがない。
“当たり前”だったから尋ねなかったのではなく、あれほど威勢よく啖呵を切った手前、聞くに聞けなかっただけのことだった。素直に田中の胸を借りるべきだった。西村に助言を仰ぐべきだった。「後悔先に立たず」という言葉を、“現場”へ来てみて痛いほど思い知らされた。
三十分ほどして、支局の電話が鳴った。田中が取ると、受話器の向こうから洸三郎の上ずった声がした。
「ひっ、ひょうたんよぉ、エライことになっとるわ……」
洸三郎の説明は要領を得なかった。勢いよく飛び出たものの、結局、一人では手に負えないからすぐに来てほしいということらしい。像のような体躯をよじらせて狼狽する姿が、受話越しにも伝わってきた。
(言わんこっちゃない)
心の中で田中がつぶやくと、まるでそれを聞いていたかのように西村が「フフフフフ」と笑った。田中は受話器の向こうに「うんうん」と答え、手短にアドバイスを与えた。
「すぐ行くさかい、そこで待っとれ」
そう言うとすぐに身支度を整え、後のことを西村に頼んで駅へと向かった。
ホームに立ち尽くしたまま、洸三郎は途方に暮れていた。いったい誰に会って、どう取材交渉するのか――。
あれほど頭の中で「取材現場だ」、「関東軍だ」と妄想を巡らしたのに、いざその場面になってみると、あんなにいっぱいいたはずの妄想どもは……、どいつもこいつも「ふっ」と消えていなくなってしまった。
そして“当たり前”で“単純”な「現実」だけが残った。
どこへ行って、誰にどう取材するか――。こんな“当たり前”のこと――。わざわざ他人に聞くのも馬鹿らしいほどごく“当たり前”のこと――。
西村や田中の方でもあまりに“当たり前”と思っていたから高を括っていた。
だが当の洸三郎はというと、その“当たり前”が分からなくて困っている。
つまりは“当たり前”ではなかったということだ。初めての人間に“当たり前”のことなんぞあろうはずがない。
“当たり前”だったから尋ねなかったのではなく、あれほど威勢よく啖呵を切った手前、聞くに聞けなかっただけのことだった。素直に田中の胸を借りるべきだった。西村に助言を仰ぐべきだった。「後悔先に立たず」という言葉を、“現場”へ来てみて痛いほど思い知らされた。
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