風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

文字の大きさ
156 / 466
第八章理事会前夜

第八章第十六節(ライヒマン)

しおりを挟む
                十六

 九月のときと同様、十月理事会に関する各地の新聞論調は割れた。

 英国や米国では相変わらず賛否両論が入り交じったが、フランスやイタリアの新聞は総じて民国側の条約破りを非難して日本へ好意的な記事を載せた。対してドイツの新聞界は、こぞって親中路線をつらぬき日本だたきの論調が目立った。
 第一次大戦に負けてヨーロッパ諸国から“つんぼ桟敷さじき”に置かれたドイツと、革命政権であるが故に敬遠された中華民国は一九二〇年代を通して“同類相憐どうるいあいあわれむ”関係を築き上げた。双方とも極度の財政難に見舞われたこともあって、 “物々交換ぶつぶつこうかん”による交易を行ったという。
 二十一世紀を迎えた今でも、ヨーロッパ諸国の中で飛びぬけてドイツが“親中”なのは、この頃の縁が今に続いていると言ってよかろう。

 ここで新聞の話を持ち出したのは、ジュネーブの地元新聞である『ジュルナル・ド・ジュネーブ』紙について語りたかったからである。
 北京の華字紙を引用しつつ事変の第一報を伝えた同紙は、一貫して日本に批判的な論調を展開した。スイスの新聞がすべてがそうだったのではなく、聯盟事務局の意見を色濃く反映する同紙だけが、突出して反日的だった。
 日本側はその背後に、聯盟の保健部長として上海に常駐するルドヴィク・ライヒマンの影響を見て取った。

 第二次大戦後に国際連合児童基金、通称『ユニセフ』を創設するこの人物は、ワルシャワ生まれのユダヤ系ポーランド人だ。この年の八月に起こった揚子江ようすこう氾濫はんらんで家を追われた数百万人におよぶ難民の救済を目的に、聯盟から派遣されてきた。
 かつてワルシャワの衛生司長だったが、国家元首のユゼフ・ピウスツキーが首相に就任した際、政治信条が正反対だったためにその地位を追われたという。二十代で共産主義に目覚め、ヨーロッパ各国を行き来しながら積極的な活動に従事したともされているが、そうした経歴があるからといってライヒマンの行状をコミンテルンの策動に結び付ける証拠は、今のところ見当たらない。

 ともあれライヒマンは聯盟事務局に籍を置く身でありながら、南京の行政院副院長である宋子文そうしぶんとともに「欧亜無線電台」の事務所にベッドを持ち込み、起居ききょをともにしてまで地元華字紙の記事から長文の電報をしたため、連日ジュネーブへ宛て送ってきた。
 それらの電報が事務局内でどう“取り扱われるか”を熟知した者ならではの裏技うらわざで、実際、ライヒマンの“告げ口”は聯盟内にかなりの影響をおよぼした。
 しかも、それにかかった電報代はすべて民国持ちで、上海の中央銀行※幹部などは、九月と十月の電報代が計約十二万米ドルに上ったと漏らした。
 南京辺りでは、「王正廷おうせいてい外交部長の辞任後、空白となった席を実質的に占めているのはライヒマンだ」とも噂された。
 ※中華民国には“銀行の銀行”という意味での中央銀行が存在しなかった。ここでい う「中央銀行」とは、上海にかつてあった“中央”という名称の商業銀行。

 彼の公平性を欠いた行状ぎょうじょうは、九月理事会の頃からすでに露骨だった。日本側は何度も聯盟へ改善を求めたが、その態度は一向に改まらなかった。そればかりか、十月理事会の後半になると情報部長のコメールまでが、「聯盟は対日経済封鎖を検討している」とか「各国が駐日外交官の引き揚げを準備している」など風説を振りまき、日本はもちろん他の加盟諸国からも不興ふきょうを買った。
 日本の外務省も大概たいがいなものだが、聯盟事務局側の不始末にもほどがある。これらのことが伝わって、日本の「聯盟不信」の声は一層高まっていく。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...