風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

文字の大きさ
161 / 466
第八章理事会前夜

第八章第二十一節(栗山代理大使3)

しおりを挟む
                二十一

「十月の理事会が失敗した要因は、聯盟が民国側へかたよった支持を与えたからばかりではなく、華人社会へ『聯盟が蒋介石しょうかいせきを支持していると』との印象を与えてしまったからなのです」
 友人としての忌憚きたんない意見交換のはずだったのが、栗山はすっかり聯盟への苦情申し立てに没頭している。

 おまけに話は何だか変な方へと向かい始めた。マシグリは当然とも言える疑問を呈した。
「どういうことですか? それは……」
 すると栗山は、「よくぞ聞いてくれました」とばかり、話に一層の力を込めた。
「ライヒマンの策動さくどうもあって、聯盟があたかも南京政府を支持しているかのような印象を与えた結果、まとまりかけていた広東政府との和平交渉が振り出しに戻り、民国の政情は一層混迷を深めることとなったのです」
 聯盟と民国の内政事情がどう結びつくのかサッパリ分からないから、反論のしようもない。極東の事情にうといことが今になってボディーブローのように利いてきた。
「要するに、聯盟はライヒマンやコメールのような親中派の職員と民国代表部にあやつられ、自ら袋小路ふくろこうじへと迷い込んだのです」
(ちょっと待て。それなら日本側にはまったく落ち度はないとでも言うのだろうか?)

 言えばケンカになると思って黙っていたら、栗山は意外な方面へ話を転じた。
「先だってレジェ官房長とお二人で杉村公使にお会いになった際、満洲問題を『ポーランド回廊かいろう』※になぞらえて語られました。だが条約に基づき鉄道を経営してきた日本こそ『回廊』に相当するのであって、正当な権利を侵害してきた民国側こそドイツの侵入に該当がいとうするはずです。ドイツが回廊へ侵入してきたのに対抗してフランスとポーランドが出兵した場合、聯盟はひとりフランスとポーランドのみへ撤兵を求めるでしょうか? レジェ官房長は主客しゅきゃくを取り違えておられるっ!」
 ※ポーランド回廊=ポーランド北西部に位置する地域。かつてドイツ領だったがヴェルサイユ条約によりポーランド領へ編入された。住民のほぼ半数がドイツ系であり、かつバルト海への出入り口に位置することもあって、その帰属を巡って両国は過去何度も争ってきた。後の第二次世界大戦の発火点ともなる。

 頭が一層こんがらがってきた。あのとき満洲問題を「ポーランド回廊問題」になぞらえたのは、果たして正解だっただろうか? 我々はただ、「悪例を作りたくなかった」だけである。日本人は“ひかえ目”と信じてきたが、満洲の日本軍といい栗山といい、まるで手のつけられない狂犬のようだ。
 その栗山は、極めつけにこうも言い放った。
「民国側を支援するのは結構ですが、排日運動やボイコットにさらされている日本の姿は、将来の英仏の運命であることをお忘れなきようっ!」

 反英が転じて反日になったことを思えば、いつまた反英仏に戻ったとしてもおかしくはないとの趣旨だが、日本という格好の“餌食えじき”を見つけた以上、今さら逆回転はないだろう。
 マシグリもこの辺で多少は言い返しておく必要があると、日本側の“アキレスけん”を突いてみた。
「九月三十日の決議に際して日本側は、条約のことなんかひと言も触れなかったではないですか。それを十月になって突然持ち出したから、理事会が混乱したのです!」
「条約の確認はすなわち、日本人の生命財産の安全と密接に関係します。民国側が既存条約の有効性を争う限り、日本人の生命財産の安全はがたい」
「民国側は日華諸条約を『武力による脅しのもと力づくで結ばされた』と主張しています」
「そのような言い分がまかり取るなら、ヴェルサイユ条約のごとく敗戦国ドイツへ押し付けられた条約の効力も疑わしくなります。条約はどのような状況の下に結ばれたものでも順守されなければなりません」
 まったくああ言えばこう言う! 食えない男だ。マシグリはついにさじを投げた。

「ところで、どのような条約の効力を争っているのか、あらかじめ知っておいた方が良いのではないかと思うのですが……」
「聯盟が個々の条約にまで首を突っ込めば、理事会の混乱は底なしとなりますよ」
「いやいや、条約の中身ではなく主要な条項だけでいいのです」
「わかりました。本国に言って取り寄せましょう」
 栗山はたたみかけるようにして、「この際聯盟は民国側へ圧力をかけつつ日本側と解決への具体案を協議すべきだ」とねじ込んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。

処理中です...