風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第十一章調査員派遣

第十一章第三節(サイモン案)

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                 三

 翌十六日に開かれた公開理事会の終了後、松平はサイモン外相の求めに応じて会いに行った。
 ドーバー海峡を渡る船上では手詰まり感をただよわせた外相だったが、一晩熟慮した上で一つの試案にたどり着いたようだった。

「民国側へ条約尊重を誓約させる方法は、直接交渉でも差し支えありません。もし日本側が口約束だけでは満足できないとおっしゃるのなら、その誓約を聯盟理事会に列席する他の諸国政府や米国政府に対しても、同様に公文書で表明させるという手もあります。『誓約書』を取り付けた上で日華双方から委員を任命し、弊害へいがい除去へ向けた事務協議に着手してはいかがでしょうか」
 国内の政治バランスに配慮して、船上では弱気を見せたサイモン外相だったが、その後アメリカのドーズ大使から何か吹き込まれでもしたか、日本側が主張する「条約尊重」と「直接交渉」を支持する新提案を披瀝してきた。

 「日本が撤兵しない限りは何も進まない」の一点張りだったレディング前外相とは対照的に、サイモン新外相は理事会開会前から何かと好意的な心配りを見せてくれる。
 南京政府が公約した 「条約尊重」を、毎度おなじみの “口約束”で終らせないように二重三重の言質げんちを取っておくという趣旨で、十二日の三者会談に際してドーズ大使が読み上げたスチムソン長官の提案と並び、「サイモン案」と呼ばれて理事会決議案のたたき台となる。
 
 話は前後するが、理事会に先立つ十一月十二日、前回と同じてつは踏むまいと決意した聯盟幹部は、聯盟の「教育視察団」の一員として九月以来上海に滞在していた事務局官房長のエフ・ピー・ウォルタースを東京へ赴かせ、日本政府と事前協議させることにした。そのウォルタースは同月十五日、ドラモンド総長へ宛ててこんな報告を電送していた。

 「東京の外務省はある程度、反聯盟の輿論に共鳴している。これは十月理事会があまりに決議を急ぎ過ぎたため、芳澤理事が請訓を発したり考慮を払うだけの余裕を持てなかったことが一因となっている。(中略)理事会の行為は多少軍部の行動を抑制する結果を生んだものの、十月二十四日の決議は却って軍部に対する輿論の支持を強めることとなったものと信ずる。
  従ってこの際、
 一、理事会がことを急いでいるような感想を抱かせないことが最重要だ。
 二、(対日)制裁を匂わせるようなことは絶対に避けるべき。そうでないと軍部の姿勢はますます強硬になる。
 三、今回の理事会は十月二十四日の決議案に立脚するのではなく、九月三十日決議を出発点とすべし。そうすれば多少東京の空気も緩和するだろう。
 四、可能ならば理事会は満洲における日本の主な条約上の権利がこの先尊重されるべき旨の(声明?)をなすのが望ましい」

 ジュネーブとは異なるパリの空気、ワシントンから来たドーズ大使、そしてサイモン新外相、さらにはウォルタースからの具申--。
 これらが相まって、当初こそ「聯盟と日本の正面衝突は避け難い」と危惧された理事会の雰囲気は、ガラリと趣を変えていた。
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