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第十一章調査員派遣
第十一章第二節(親友)
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二
理事会前日にパリへ到着した松平恒雄が真っ先に会いに行ったのは、彼より二日早く現地入りしていたアメリカのドーズ大使だった。
「昨日、ブリアン議長と面会しました。今ちょうど、ワシントンへこんな報告書を送ったところです」
そう言うとドーズは、愛用のマドロスパイプをくゆらせた。
松平は駐英大使に就く前の四年間、出渕勝次の前任として駐米大使を務めた。その折、当時上院議員だったドーズとひょんなことから知り合って、夫人も交えた家族づき合いをするようになった。
さらに昭和三年、松平がロンドンへ転勤したのとほぼ同じ頃にドーズも駐英大使に任命されて赴任してきたものだから、二人はロンドンの外交団の中でも特にうらやまれるほどの間柄となった。
そんな二人の関係が今回、パリの理事会で結実するかたちとなったのだ。
屈託のない人柄で通るドーズは、ワシントンへ送った電報を勿体つけずに見せてくれた。内容は彼がパリへ着くなりブリアン議長と行った会談の概要だった。
電報によれば、理事会が日本側へ即時撤兵を迫った場合、日本の国内輿論へ及ぼす影響は計り知れないという点はブリアン議長も十分承知しているという。また、三日前に松平へ読み聞かせたスチムソン長官の談話に対しても、極めて肯定的な受け止め方だったのだそうだ。
「ああ、これは良い知らせですね。ブリアン議長が態度を軟化させてくれれば日本側にも希望が見える……」
満蒙の問題で他国の干渉は受けたくないが、日本にとって目下の課題は聯盟との関係修復だ。この状況で米国の存在は“頼りの綱”であるに違いない。その期待にたがわない眼前の親友が、日頃より一層頼もしく見えた。
「ところで……、今回は貴国からオブザーバー出席されないとかで?」
「ええ、聯盟の議論にあまり深入りするのは合衆国の本意にありませんから……。過日お伝えしたように、本職が当地へ来たのもあくまで聯盟とは一線を引きつつ関係各国との意見調整を図るためですし……」
ドーバー海峡を渡ってくる前も、確かにドーズは同じようなことを言っていた。だがそのときはオブザーバーを陰ながら補佐する役回りを担うものと思い、さして気に留めなかった。そのオブザーバーすら出席させないとなれば話は別だ。合衆国政府に何らかの方針転換があったことを意味する。
親友の言葉だから敢えて口を挟まなかったものの、何か深い事情でもあったのだろう。聯盟にしてみれば梯子を外された思いに違いない。
「当てが外れた聯盟も困ったことでしょうね……」
「まあ、その点はブリアン氏も嘆いておられた」
「ほう、何と言っておられましたか?」
「わざわざパリへ出張しながら理事会へ出ないのは、聯盟の権威を維持する上でうまくない。米国が聯盟の懸案にあまり熱心でないとの印象を世に与えてしまう--と気に掛けておられた……」
「ハハハハ。なるほど。聯盟は一にも二にも“権威”とおっしゃるが、その態度が却って聯盟の威信の喪失に見えてしまう……」
松平は十月の強硬な議事進行に対する意趣返しとばかりに皮肉って見せたが、デリケートな問題だけに、さすがのアメリカ人も“ジョーク”と笑い飛ばしはしなかった。
むしろ軽率な友人をたしなめる口調で、こう言った。
「ただし、不戦条約その他に関連して招請された場合にはその限りではありません。その際にはあらためて、長官の指示を仰ぐことになっています」
理事会前日にパリへ到着した松平恒雄が真っ先に会いに行ったのは、彼より二日早く現地入りしていたアメリカのドーズ大使だった。
「昨日、ブリアン議長と面会しました。今ちょうど、ワシントンへこんな報告書を送ったところです」
そう言うとドーズは、愛用のマドロスパイプをくゆらせた。
松平は駐英大使に就く前の四年間、出渕勝次の前任として駐米大使を務めた。その折、当時上院議員だったドーズとひょんなことから知り合って、夫人も交えた家族づき合いをするようになった。
さらに昭和三年、松平がロンドンへ転勤したのとほぼ同じ頃にドーズも駐英大使に任命されて赴任してきたものだから、二人はロンドンの外交団の中でも特にうらやまれるほどの間柄となった。
そんな二人の関係が今回、パリの理事会で結実するかたちとなったのだ。
屈託のない人柄で通るドーズは、ワシントンへ送った電報を勿体つけずに見せてくれた。内容は彼がパリへ着くなりブリアン議長と行った会談の概要だった。
電報によれば、理事会が日本側へ即時撤兵を迫った場合、日本の国内輿論へ及ぼす影響は計り知れないという点はブリアン議長も十分承知しているという。また、三日前に松平へ読み聞かせたスチムソン長官の談話に対しても、極めて肯定的な受け止め方だったのだそうだ。
「ああ、これは良い知らせですね。ブリアン議長が態度を軟化させてくれれば日本側にも希望が見える……」
満蒙の問題で他国の干渉は受けたくないが、日本にとって目下の課題は聯盟との関係修復だ。この状況で米国の存在は“頼りの綱”であるに違いない。その期待にたがわない眼前の親友が、日頃より一層頼もしく見えた。
「ところで……、今回は貴国からオブザーバー出席されないとかで?」
「ええ、聯盟の議論にあまり深入りするのは合衆国の本意にありませんから……。過日お伝えしたように、本職が当地へ来たのもあくまで聯盟とは一線を引きつつ関係各国との意見調整を図るためですし……」
ドーバー海峡を渡ってくる前も、確かにドーズは同じようなことを言っていた。だがそのときはオブザーバーを陰ながら補佐する役回りを担うものと思い、さして気に留めなかった。そのオブザーバーすら出席させないとなれば話は別だ。合衆国政府に何らかの方針転換があったことを意味する。
親友の言葉だから敢えて口を挟まなかったものの、何か深い事情でもあったのだろう。聯盟にしてみれば梯子を外された思いに違いない。
「当てが外れた聯盟も困ったことでしょうね……」
「まあ、その点はブリアン氏も嘆いておられた」
「ほう、何と言っておられましたか?」
「わざわざパリへ出張しながら理事会へ出ないのは、聯盟の権威を維持する上でうまくない。米国が聯盟の懸案にあまり熱心でないとの印象を世に与えてしまう--と気に掛けておられた……」
「ハハハハ。なるほど。聯盟は一にも二にも“権威”とおっしゃるが、その態度が却って聯盟の威信の喪失に見えてしまう……」
松平は十月の強硬な議事進行に対する意趣返しとばかりに皮肉って見せたが、デリケートな問題だけに、さすがのアメリカ人も“ジョーク”と笑い飛ばしはしなかった。
むしろ軽率な友人をたしなめる口調で、こう言った。
「ただし、不戦条約その他に関連して招請された場合にはその限りではありません。その際にはあらためて、長官の指示を仰ぐことになっています」
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