風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第十二章錦州

第十二章第五節(策士1)

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                 五

 何とも中途半端な土肥原の経略だったが、皇帝溥儀を満州へ連れ出すという目的だけは達せた。何故なら、皇帝自身が日頃から天津を出たがっていたのだから……。

 すでに第二章のところで書いたように、満洲事変が起こるや関東軍は吉林の熙洽きはやハルビンの張景恵ちょうけいけい洮南とうなん張海鵬ちょうかいほうといった旧清朝時代の重臣、いわゆる「復辟派ふくへきは」と呼ばれる人々を担ぎ上げ、各地に“独立政権”の旗挙げをさせようと暗躍した。
 彼ら要人の説得に奔走したのが、かつては皇帝の側近でもあった羅振玉らしんぎょくで、その動きは早くも九月末に日本側警察機構の関東庁からマークされる。

 彼らの動静を追っていたのは日本側だけではない。
 外務省の『日本外交文書』によれば、十月一日付の上海の華字紙が北平発電として、「宣統帝(溥儀)は坂西(利八郎)ばんざいりはちろう中将に満蒙王国を樹立すべく奉天へ向かうよう勧められたが、老臣に『それは日本側が皇帝を傀儡かいらいに利用せんとするはかりごとなり』とたしなめられ、皇帝も躊躇し始めた」と報じた。

 宣統帝を擁立して満州に新国家を樹立するというのは関東軍の満蒙政策『十月四日案』にも明記された既定路線である。ただそれをやるのは「機が熟したら」という条件付きで、今の局面は「時期尚早」というのが本庄繁軍司令官ならびに幕僚大半の意見であった。

 片や日本政府はこの報道に敏感に反応し、幣原外相は即日天津総領事代理の田尻愛義たじりあきよしへ、「宣統帝の動静に厳重なる監視を加え、日本租界の外へ出るのを極力阻止するよう」訓令する。
 田尻の方でも大臣に指示されるまでもなく、後藤という領事を溥儀の許へ派してくれぐれも軽挙妄動けいきょもうどうは自重するよう申し出た。
 その際、溥儀は後藤に向けてこう語っている。

 「復辟問題については新聞報道で知ったが、この種の話は以前から一部の人士らにより画策されてきた。(中略)今回、満洲事変にともない再びこの種の運動が起こったとしても、それらは策士が自分を利用せんとするものに過ぎず、自分には何ら話は来ていない。いずれにしろ確かな見込みのない限り、策士連中の甘言に乗せられるつもりはない」
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