風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第十二章錦州

第十二章第四節(天津事件2)

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                 四

 十一月十日付の東京朝日新聞夕刊(九日発行)は、天津発聯合通信電を引くかたちで「反張学良の暴動突発、天津市街大混乱」との大見出しを掲げた。その横には、【天津特派員九日発】のクレジットを付けた「学良のクーデター、動乱突発の原因をなす」という記事も並ぶ。

 片や大毎はというと、やはり夕刊一面の中段に【奉天本社特電至急報】として「張学良、俄然がぜんクーデターを決行」という記事を載せている。サブタイトルは「反張巨頭、団結してすでに活動を開始」で、本文はこう続く。

 「張学良は澎湃ほうはいとして起り来った反学良運動を弾圧すべく、北平、天津方面で一大クーデターを実施、反学良勢力の討滅とうめつを計ることに決した。これに対し反学良派は大弾圧を受けぬ前に積極的行動に出る模様で、すでに北支那一帯は戦乱の端を開いた」

 「天津事件」と言えば、奉天特務機関長の土肥原賢二どいはらけんじ大佐が愛新覚羅溥儀あいしんかぐらふぎを満州へ連れ出す目的で引き起こした謀略ということになっている。
 話は大筋においてその通りなのだが、“火のない所に煙は立たぬ”。満州事変が投じた一石は華北一帯へ波紋を起こし、反張学良勢力を勢いづかせた。張学良と反学良派の火花はいつ散ってもおかしくはない地合いにあったのだ。

 それだけに東京朝日は、暴動の実行犯を「山東軍閥憑玉祥ひょうぎょくしょうの天津駐在代表である張璧ちょうへき」と名指しし、大毎も聯合電を引用して「韓復榘かんふくく憑玉祥ひょうぎょくしょう孫殿英そんでんえい段祺瑞だんきずいらの諸派は大同団結して張(学良)のクーデターに当たるべく活動を開始した」と報じた。

 天津総領事の桑島主計くわしまかずえでさえ、十一月九日付の幣原外相宛公電でこう語っている。

 「一、現在までのところ、右暴動は往電四八四号の通り李際春りさいしゅん等反動分子が土匪および青幇チンパン※等を使嗾しそうした暴動であることが確実となっている。
  二、民国側は(中略)当初これを日本軍の積極行動と見誤ったことは(中略)明らかであり、今後とも我が方がこれを挑発、誘導していると宣伝してくるのは必定ひつじょうと見られる。このため(河北省主席)王樹常おうじゅじょうに対してはフランス領事を通じて誤解を正すと同時に、我が方に死傷者が出ている旨を告げ、得手勝手えてかってに非を我が方に押し付けるがごとき不埒ふらちな態度に対しては、公安局を通じて厳重に抗議した」
※青幇=元々は運河における水運業者のギルドだったが、時代が下って暗黒界の秘密結社となった。上海の杜月笙とげつしょうが代表格。
  
 だから土肥原と香椎は、この機運に乗じて華北から張学良を放逐しようとはかった。ところが買収した土匪や青幇の統制が取れず、逆に公安隊を対日敵対行為に走らせるという逆効果を生んでしまったのだ。
 しかも暴動の最中に、租界境界線の警備に当たっていた日本兵二名を死なすという痛手すら負っている。

 果たしてこれは、「謀略」の名に値するのだろうか?
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