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第十二章錦州
第十二章第十六節(天津軍増兵)
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十六
謀ったつもりで狙いが逸れて、却って面倒ごとに発展してしまったのが「第一次天津事件」であった。
ところが関東軍と天津軍は、これを逆手に取って増兵と錦州侵攻への布石に利用する。
十一月八日夜半に起こった天津の暴動は、民国側保安隊が不法な射撃を続けていた事実が判明したため、河北省の王樹常主席が陳謝し保安隊を撤退させることで、決着がついた。
天津軍は租界の周囲に敷いた防衛線を順次撤去し、二十六日には在郷軍人らで構成する自警団の「義勇隊」を解散した。
するとまるでパブロフの犬のように……、彼らの“習癖”が頭をもたげた。
相手が出てきたら後へ退き、退いたら前へ出る--。
いったんは撤退したはずの保安隊が日本軍の不在を見て取るや、またぞろ「便衣隊の出現」を口実に日本租界へ向けて引き金を引いたのだった。
これに対する天津軍の動きは早かった。
香椎浩平軍司令官はすぐさま宣言を発し、義勇隊を再招集する。しかも山砲や十二ミリ砲を動員して敵の本陣たる第二軍司令部と公安局を砲撃、保安隊側も迫撃砲を撃ち出して意趣返しした。
戦況がどちらに有利だったか分からないが、香椎は躊躇せず奉天へ救援要請の電報を打った。
軍司令官の第一報に続き、天津軍参謀長の武内俊二郎中佐も、「午後九時半、彼我猛烈なる交戦状態に陥る。軍は民国側の挑戦的行動に対し止むを得ず自衛権を行使し当面の敵を撃攘す。中央は速やかに決心の上、早急に増兵せられたい」と重ねた。
日付の変わった二十七日午前二時半には、再び「午前二時彼我の交戦はなお継続中である。ことに敵は野砲をもって味方陣地および司令部を射撃中。我が軍も砲撃により応酬している」と自軍の危機を訴える。次いでその一時間後には、「敵の砲弾が日本租界に落下し居留民が危険に晒されている。居留民保護のためにも速やかな対応が絶対に必要で、関東軍、朝鮮軍に最も早く到着する部隊を派遣するよう指示していただきたい」と、督促の電報まで発してきた。
小康状態にあった間も両者の敵対感情は沸々と沸き上がっていった。保安隊は前回より執拗な態度で対峙してきたし、天津軍も「行くところまで行く」との腹を決めてかかった。
気が気でないのは総領事の桑島主計だ。保安隊とケンカしているうちはいいが、天津の郊外には三万の正規軍が常駐している。
これに対して天津軍はわずか六百--。義勇隊を合わせても千人に満たないのだ。
現状、正規軍が動き出さないのは一九〇二年七月の「天津還付に関する日華交換公文」に定めた、次の一文に拘束されているからに他ならない。
「民国(旧清国)軍隊は外国軍駐屯地の二十支里※以内へ近づいてはならない」
※六支里で日本の一理。
だがこんな条文はいつ空文と化してもおかしくない。事実、八日の衝突に際して制服を着替えた正規軍が保安隊の一部に混じり込んだと言われた。日本駐兵数は諸外国と比べても著しく少なく、租界の防衛という観点からもこのまま放置する訳にはいかなかった。それゆえ桑島は、外相へ宛て増兵を促す公電を発した。
「もし今後、(両者の)衝突がやむを得ない事態となった場合に現在の勢力では到底租界を保持し続けられない。(その場合は)過去多年の地盤も失われることとなる。この際、大至急増援隊の派遣は絶対的に必要と思われる」
謀ったつもりで狙いが逸れて、却って面倒ごとに発展してしまったのが「第一次天津事件」であった。
ところが関東軍と天津軍は、これを逆手に取って増兵と錦州侵攻への布石に利用する。
十一月八日夜半に起こった天津の暴動は、民国側保安隊が不法な射撃を続けていた事実が判明したため、河北省の王樹常主席が陳謝し保安隊を撤退させることで、決着がついた。
天津軍は租界の周囲に敷いた防衛線を順次撤去し、二十六日には在郷軍人らで構成する自警団の「義勇隊」を解散した。
するとまるでパブロフの犬のように……、彼らの“習癖”が頭をもたげた。
相手が出てきたら後へ退き、退いたら前へ出る--。
いったんは撤退したはずの保安隊が日本軍の不在を見て取るや、またぞろ「便衣隊の出現」を口実に日本租界へ向けて引き金を引いたのだった。
これに対する天津軍の動きは早かった。
香椎浩平軍司令官はすぐさま宣言を発し、義勇隊を再招集する。しかも山砲や十二ミリ砲を動員して敵の本陣たる第二軍司令部と公安局を砲撃、保安隊側も迫撃砲を撃ち出して意趣返しした。
戦況がどちらに有利だったか分からないが、香椎は躊躇せず奉天へ救援要請の電報を打った。
軍司令官の第一報に続き、天津軍参謀長の武内俊二郎中佐も、「午後九時半、彼我猛烈なる交戦状態に陥る。軍は民国側の挑戦的行動に対し止むを得ず自衛権を行使し当面の敵を撃攘す。中央は速やかに決心の上、早急に増兵せられたい」と重ねた。
日付の変わった二十七日午前二時半には、再び「午前二時彼我の交戦はなお継続中である。ことに敵は野砲をもって味方陣地および司令部を射撃中。我が軍も砲撃により応酬している」と自軍の危機を訴える。次いでその一時間後には、「敵の砲弾が日本租界に落下し居留民が危険に晒されている。居留民保護のためにも速やかな対応が絶対に必要で、関東軍、朝鮮軍に最も早く到着する部隊を派遣するよう指示していただきたい」と、督促の電報まで発してきた。
小康状態にあった間も両者の敵対感情は沸々と沸き上がっていった。保安隊は前回より執拗な態度で対峙してきたし、天津軍も「行くところまで行く」との腹を決めてかかった。
気が気でないのは総領事の桑島主計だ。保安隊とケンカしているうちはいいが、天津の郊外には三万の正規軍が常駐している。
これに対して天津軍はわずか六百--。義勇隊を合わせても千人に満たないのだ。
現状、正規軍が動き出さないのは一九〇二年七月の「天津還付に関する日華交換公文」に定めた、次の一文に拘束されているからに他ならない。
「民国(旧清国)軍隊は外国軍駐屯地の二十支里※以内へ近づいてはならない」
※六支里で日本の一理。
だがこんな条文はいつ空文と化してもおかしくない。事実、八日の衝突に際して制服を着替えた正規軍が保安隊の一部に混じり込んだと言われた。日本駐兵数は諸外国と比べても著しく少なく、租界の防衛という観点からもこのまま放置する訳にはいかなかった。それゆえ桑島は、外相へ宛て増兵を促す公電を発した。
「もし今後、(両者の)衝突がやむを得ない事態となった場合に現在の勢力では到底租界を保持し続けられない。(その場合は)過去多年の地盤も失われることとなる。この際、大至急増援隊の派遣は絶対的に必要と思われる」
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