風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

文字の大きさ
318 / 466
第二部第十三章スチムソンドクトリン

第十三章第十二節(グリーン大使1)

しおりを挟む
                                                 十二

「閣下! あんまりじゃないですか! 本使の面目まるつぶれですよ!」
 二月十日、英国のグリーン大使が血相を変えてやって来た。

「はて、いったい何ごとですかな?」
 そう言われても、外相の加藤高明に思い当たる節はなかった。掛け値なしに思い当たる節はなかった……。
「今回、貴国から北京政府へご提示された要求事項のことですよっ--!」
 グリーン大使はそう言って誘い水を向けて見たが、加藤が依然キョトンとしたままなので自分で話を続けた。
「聞くところでは、先般北京へ宛てご要求された事項に関し、先だって本使へご内示いただいた条項のほかにもいくつかご提示されたと言うではないですか--。しかもそれをフレーザーから聞かされるまで何も知らなかったとあっては、同盟国の当局者として赤っ恥もいいところです」
 
 記憶をたどれば数日前、『タイムズ』紙の北京特派員であるフレーザー記者の取材に応じたのは間違いない。
 その際、記者が「北京では盛んに風説が流布されている」とあれこれしつこく詮索するものだから、行き掛かり上いくつかのことを話して聞かせた。だがそれらの話は同盟国をはじめ他国の利害に関係するものではなかったから、敢えて表明しなかったまでのことである。

「ああ成る程、その件ですか……」
 興奮気味の英国大使に詰め寄られても、加藤には相手の意図するところがピンとこなかった。後から振り返るなら、この判断、外交センスが致命的な問題を惹き起こしたと言えないでもない。しかし繰り返すが、二国間交渉の内容は外部へ漏らしてはならないのが原則。だから加藤外相が北京へ提起した内容の一部を知らせなかったからといって後ろ指を指されるいわれなど本来は、ない。
 ただしグリーン大使が得た情報によれば、日本側が伏せている条項の中には揚子江ようすこう沿岸における英国の利害と衝突しかねない事項も含まれているという。だとするなら、日本側のこの措置は何か自分たちの企図が潜んでいると見えなくもない--。

「フレーザーばかりではありません。実は仏露の大使も何やら別の条項があると聞き及んでいる様子です。先だって事前に交渉事案をご内示いただいた際には、同盟国のよしみとばかり、大臣のご好意に心底感銘を受けました。しかるに、実はその“裏”で別途何かのお考えをお持ちとあっては……」
「“裏”にとおっしゃるは何とも解し難いっ!」
 さすがに大使のこの一言は聞き過ごせなかった。もともと後ろめたいことなど何もないが、かといって安易に言いふらすような事柄でもない。加藤外相は相手をたしなめるような言い方でこう話して聞かせた。

「北京政府へ提出した“要求”事項は、先だってお話したもの以外に何もありません。ただそれ以外に、日置ひおき公使から我が方の“希望”を若干述べさせていただいた……」
「はあ、希望……、ですか……」
 グリーン大使はいよいよ狐につままれた顔になった。
「ええ。“要求”と“希望”が自ずと異なることは、ご承知ですよね……」
「……要求とは『必ずこうせよ』の意味。希望は『こうできないものでしょうか』と伺いを立てることかと……」
「いかにもその通り。つまり日置公使は我が方の希望を述べたばかりで、決して新たな要求を加えたなどと言う事実はありません」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...