風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第二部第十三章スチムソンドクトリン

第十三章第三十二節(ちゃぶ台返し)

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                三十二

 満蒙問題を巡る交渉が空転を繰り返すなか、英米が注視した第五号の「希望事項」はどうなったのだろうか?
 これについては四月九日の第二十回目協議に際して日置公使が東京へ送った報告にある、次の文言を引用すれば足るだろう。

 「元来、第五号の各項については未だ十分に双方の意見も交換せず、なおまた帝国政府を頷かせるに足るほどの理由も示さず、漫然とある問題が第五号中のものだからというだけの理由で商議も約束もできないなど、北京政府の不誠実は了解に苦しむばかりだ」
 
 端的に言えば歯牙しがにもかけられなかった。
 他の条項に関する議論を寄せ付けないほど、満蒙問題は双方にとって容易に譲れない“切実”な課題だったと言える。北京側がこれをどう見ていたかは、やはり日置公使が記した次の文言から窺われる

 「北京側は第二条、第三条の円満解決にもっとも焦慮しているようだ。これら二箇条は日華衝突の危機すら潜んでいる“暗礁”と認識しているやに窺われる」

 日置益ひおきえき公使が背中に満蒙居留民や内地の輿論、軍部の期待を一身に背負っていたのと同様に、陸徴祥りくちょうしょう外交総長も袁世凱大総統や新生共和国政府、国民輿論を背に交渉のテーブルに着いている。彼らが個人として妥協できても、背負った重みに思いを馳せたとき、どうしても首を縦には振れなかった。

 その苦しい胸の内を覗かせるように、陸総長は四月十五日の第二十三回目の協議に際して「あくまで私見」と前置きした上で、「もし日本側が第五号の希望事項を撤回するならば、東部内蒙古の問題に関してはなるべく日本側の希望に沿えるよう便宜を図る」と示唆した。
 日置公使はその場でこそ、「両者はまったく異なる理由から発したものだから、片方を取るから片方を譲るという駆け引きにはなり得ない」と勿体ぶったものの、交渉の先行きを案じて内々に陸総長の案に乗ろうとした。
 振り返れば“取り付く島もない”難しい交渉において、やっと見えてきた足掛かりと言える。第五号の交渉はまた後日回しとして、先ずは喫緊の課題である満蒙の問題を落ち着かせよう--。
 そんな意図から加藤外相へ譲歩への許可を請訓した。

 これで交渉は前へ進む--。
ほのかな期待を抱きつつ、二日後に臨んだ第二十四回協議--。
 意外なことに陸総長は、今までのことなんか何もなかったかのような硬い表情で、こう言い放った。
「第五号ははじめから商議に応じるつもりなどない。先日の話は単に不同意の理由として挙げたまでのことだ」

 そればかりではない。
 北京側は満蒙の問題に対しても、「東部内蒙古に関しては、将来適当な時機を見つけて商埠地を開設する以外に何らの約束もし得ない」ときっぱり言い切った。

 この変節は何なのか--?
 日置は即座に「何かが裏で働いた」と直感した。
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