風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第十四章上海事変

第十四章第七節(三友実業事件1)

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                 七
 
 既述の通り、上海でも日華両国民の感情は対立の極みに達していた。
 当時二万四千人余りを数えたこれら居留民も、不敬記事や青島の暴動を聞いてさぞや色めき立ったことだろうと思いきや、これが案外、静かだった。

 青島チンタオと同様、村井倉松むらいくらまつ総領事は不敬記事に対して即座に呉鉄城ごてつじょう上海市長へ抗議を申し入れ、陳謝や新聞社への処罰などを協議した。
 その結果、呉市長から四項目の具体策を引き出した。

「一、民国日報社社長へ戒告をし、将来ふたたびこの種の事件を起こさないよう保障させる。
 二、市長から総領事へ遺憾の意を表する公文を差し出す。
 三、執筆を担当した記者の処分。
 四、記事の取り消しおよび謝罪文の掲載」

 居留民たちは取り敢えずこれで矛を収め、ことの推移を見守った。「各路連合会」の常任委員会がこの問題を取り上げたのは、青島事件から三日を経た一月十五日のことだった。
 その席でも委員たちは、「村井総領事から時限を定めて呉鉄城市長の謝罪と民国日報社の厳罰を要求する」と、あくまで外交ルートを通じた抗議に徹するに過ぎなかった。

 しかも翌日、連合会の決議文を受け取った村井総領事は、「解決へ向けて努力はするが、どうしても解決不能な場合は中央の問題に移すより仕方ない」と気のない返事でお茶を濁す。それでも会見は四十分程度で終わったというから、その後のことさえなかったならば、案外ことは穏便に終わったのかもしれない。
 「上海事変」と言えば、大抵ここから書き始まる。そうではなく、ここに至ってこの事件が起こるのだと言うことをご理解いただきたい--。

 それは昭和七年一月十八日、午後四時頃のこと--。
 上海市東部の楊樹浦ようじゅほあたりを寒行托鉢かんちゅうたくはつ中の日蓮宗僧侶ら五人が、中華系資本のタオル製造工場たる三友実業さんゆうじつぎょう社の前で五、六十人の華人職工から襲われ、一人が死亡、二人が重傷を負った。

 今度ばかりは居留民も黙っておかなかった。
 「総領事頼むに足らず」と血気にはやった青年同志会のメンバー三十二人が、十九日深夜三時頃ついに実力行使の挙に出たのだ。
 三友実業の物置小屋に放火して気勢を上げた彼らは駆けつけた工部局警察巡警を返り討ちにし、さらに警笛を鳴らしながら退避する巡警を追い掛け、逃げ込んだ先の交番をも襲撃する。そして乱闘の末に日本刀で巡警一人を斬殺し一人に重傷を負わせる事件を起こす。
この事件で同志会側も一人が射殺され、二人が重傷を負った。

 三友実業事件と同志会の復讐劇に衝撃を受けた居留民は、いよいよ居ても立っても居られず、急遽二十日に日本人倶楽部で四回目の居留民大会を開催した。
 興奮した参加者たちは「総領事館へ、総領事館へ」と雪崩なだれをうって四ブロック南の総領事館へと押し寄せた。その途上、あたりに貼られた排日ビラを片っ端から引き剥がしては、所々で沿道の華人と小競り合いを演じた。
 おまけに駆けつけた工部局のインド人巡警ともやり合いになって、第二の北四川路乱闘事件へと発展する。
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