風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第十四章上海事変

第十四章第十節(工部局)

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                 十

 抗日会の解散は租界の自治を担う「工部局こうぶきょく」にとっても“渡りに船”だった。

 「租界」は中華民国に設けられた「外国」だ。
 この言葉からは自国領にもかかわらず「主権」を奪われた同国の悲劇しか伝わらないだろう。だが少なくとも港湾の整備から道路、上下水道、電気ガスといったインフラの構築、行政や警察機構の保全など、およそ近代都市としての機能の一切合切を作り上げてきたのは英国を中心とした欧米列強である。
 その租界で“自治政府”としての役割を担ってきたのが「工部局」と呼ばれる委員会だった。

 満州における日本の位置づけもこれに近いが、英米仏が商圏を租界という“特区”に閉じ込めたのに対し、日本は雑居主義を取ったから話がややこしくなった。

 さてその租界のど真ん中で、日中公然と行われる抗日会の排外運動には工部局もほとほと手を焼いていた。
 抗日会の指示に従わない華人商店から商品を強奪したり、店を勝手に閉鎖した上で商人を引き回したり公衆の面前に晒したりといった不法行為が日常化すると、租界の治安を維持する上でも面白くない。工部局の面目は丸つぶれだ。

 ただ抗日会が本部を置く天后宮寺は租界の境界線を定めた「土地章程」の外側にあり、領事団、なかんづく英国の領事がグレーゾーンへの立ち入りに難色を示してきたという事情もあって、工部局警察には手の出しようがなかった。

 そこでもし日本側が矢面やおもてに立ってくれるのなら、工部局側にも異存はないということになった。ただ日本の陸戦隊が新聞社と直接交渉したのでは体面上よろしくない。そこで二十五日、外国人参事会員のみの会議を開いて民国日報社と抗日会の閉鎖を論議した。
 この結果、あくまで問題は工部局が引き取り、租界の治安妨害の容疑で民国日報社と抗日会を解散するよう勧告を出すことに決まった。

 工部局という後ろ盾を得た日本がさらに圧力をかけると、呉市長は二十六日、要求された四項目のうち三項目には応じると折れてきた。
 前日の工部局の決定を受けて『民国日報』は同日午後二時をもって「自主解散」の体で廃刊済みだ。

 だが、肝心の抗日会解散には最後まで首を縦に振らなかった。それ故、村井総領事は二十八日の午後六時までに満足のいく回答を寄こすよう最後通牒を突き付けた。
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