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第十四章上海事変
第十四章第十一節(戦争前夜)
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十一
最終通牒の期限まであと三時間を残すばかりとなった二十八日の午後三時頃、呉鉄城市長の秘書長が日本領事館に村井総領事を訪れ、抗日会解散を承諾する公文を提出した。
この前夜、市政府はついに密令を発して抗日会の閉鎖を通達した。そして深夜二時半から公安局と社会局の手により上海、浦東、呉松、楊樹浦、曹家渡など六カ所の事務所を物理的に閉鎖した。加えて五百人余りいた抗日会関係者には旅費を支給し、上海から立ち去るよう手配もした。
これによって日本側の要求はすべて受け入れられたこととなり、村井総領事は一先ずほっと胸をなでおろした。
だが、過去何度も空手形を切られてきた苦い経験もあるから、先ずは市長の公文が一片の空文とならないよう、しばらく状況を観察することにした。
日華両市民間の緊張が高まり衝突事件が相次ぐにつれて、国際都市上海の空気は徐々に張りつめていった。
市中には「日本軍がやってくる」との噂が広まり、これに呼応するがごとく上海近郊に駐屯する第十九路軍第七十八師の兵士らが市街を取り囲むように塹壕を掘りはじめた。
すると噂が噂を呼んで、巷には様々な流言飛語が乱れ飛んだ。そのうち兵士たちは市街地へ入り込み、交差点などの要所要所に土嚢を積み上げ、機関銃を据え付けて警戒態勢を取り始めた。
ここ数日間、上海の陸の玄関口となる北停車場には南京や蘇州から軍事列車がひっきりなしにやってきて、次々と兵士たちを吐き出しては去っていった。住民の不安は否が応にも掻き立てられた。
工部局は二十六日、布告を出して民衆の動揺を抑えるとともに、英米軍の司令官と協議して不測の事態が起こった場合の警備体制を確認した。
上海に軍隊を駐留させている英・米・仏・日・伊五カ国の司令官は前年の夏、非常事態に際して共同防衛に当たることで合意し、その場合の各国警備担当区域も割り当てられていたからだ。
上海の情勢は日を追うごとに悪化していった。日華両国の武力衝突は誰の目にも明らかだった。
日本が最終期限と指定した二十八日は、まさに戦争前夜といった様相を呈した。総領事館はこの日、閘北地区に住む邦人へ避難勧告を出す。すると荷物をまとめて避難する日本人の姿を見た華人住人らの間に「いよいよ戦争だ」との噂が広がり、彼らも家財道具一式を抱えて相次ぎ租界へと逃げ込み始めた。
ただでさえ混乱を極める状況下、今度は市政府が日本側に屈したとの情報が伝わって、憂国の士やら学生たちが群れをなして市庁舎へ押しかけ、呉鉄城市長を糾弾する。
するとあろうことか、本来ここで治安警備の任に当たらなければならないはずの公安局巡警が続々と逃亡してしまうのだ。
治安当局が不在になると市内各所は無法地帯と化して掠奪が横行する。華人住人らの不安は一層掻き立てられ、さらに大量の避難民が共同租界へとなだれ込むという悪循環がはじまった。
最終通牒の期限まであと三時間を残すばかりとなった二十八日の午後三時頃、呉鉄城市長の秘書長が日本領事館に村井総領事を訪れ、抗日会解散を承諾する公文を提出した。
この前夜、市政府はついに密令を発して抗日会の閉鎖を通達した。そして深夜二時半から公安局と社会局の手により上海、浦東、呉松、楊樹浦、曹家渡など六カ所の事務所を物理的に閉鎖した。加えて五百人余りいた抗日会関係者には旅費を支給し、上海から立ち去るよう手配もした。
これによって日本側の要求はすべて受け入れられたこととなり、村井総領事は一先ずほっと胸をなでおろした。
だが、過去何度も空手形を切られてきた苦い経験もあるから、先ずは市長の公文が一片の空文とならないよう、しばらく状況を観察することにした。
日華両市民間の緊張が高まり衝突事件が相次ぐにつれて、国際都市上海の空気は徐々に張りつめていった。
市中には「日本軍がやってくる」との噂が広まり、これに呼応するがごとく上海近郊に駐屯する第十九路軍第七十八師の兵士らが市街を取り囲むように塹壕を掘りはじめた。
すると噂が噂を呼んで、巷には様々な流言飛語が乱れ飛んだ。そのうち兵士たちは市街地へ入り込み、交差点などの要所要所に土嚢を積み上げ、機関銃を据え付けて警戒態勢を取り始めた。
ここ数日間、上海の陸の玄関口となる北停車場には南京や蘇州から軍事列車がひっきりなしにやってきて、次々と兵士たちを吐き出しては去っていった。住民の不安は否が応にも掻き立てられた。
工部局は二十六日、布告を出して民衆の動揺を抑えるとともに、英米軍の司令官と協議して不測の事態が起こった場合の警備体制を確認した。
上海に軍隊を駐留させている英・米・仏・日・伊五カ国の司令官は前年の夏、非常事態に際して共同防衛に当たることで合意し、その場合の各国警備担当区域も割り当てられていたからだ。
上海の情勢は日を追うごとに悪化していった。日華両国の武力衝突は誰の目にも明らかだった。
日本が最終期限と指定した二十八日は、まさに戦争前夜といった様相を呈した。総領事館はこの日、閘北地区に住む邦人へ避難勧告を出す。すると荷物をまとめて避難する日本人の姿を見た華人住人らの間に「いよいよ戦争だ」との噂が広がり、彼らも家財道具一式を抱えて相次ぎ租界へと逃げ込み始めた。
ただでさえ混乱を極める状況下、今度は市政府が日本側に屈したとの情報が伝わって、憂国の士やら学生たちが群れをなして市庁舎へ押しかけ、呉鉄城市長を糾弾する。
するとあろうことか、本来ここで治安警備の任に当たらなければならないはずの公安局巡警が続々と逃亡してしまうのだ。
治安当局が不在になると市内各所は無法地帯と化して掠奪が横行する。華人住人らの不安は一層掻き立てられ、さらに大量の避難民が共同租界へとなだれ込むという悪循環がはじまった。
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