風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第十四章上海事変

第十四章第十四節(都市爆撃)

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                                                十四

 言うまでもなく二十世紀初頭の上海は、「東洋随一」と謳われた国際都市だ。

 太平洋を横断する海底ケーブルがサンフランシスコとマニラの間に敷設されたのが一九〇三年のことで、〇六年には上海へと延長される。かくして上海は東洋でもっとも通信網の発達した都市ともなる。

 そんな上海を舞台に連日繰り返される日華の敵対行為は、即座にアメリカ西海岸へと伝わった。これらの報道は一九二〇年代の軍縮ムードに水を差す内容ばかりで、なかでも日本海軍のとった戦術が欧米人、取り分けアメリカ人に大きな衝撃を与えたのである。

 日本側は相手をあなどっていた。一月二十一日に塩澤幸一しおざわこういち提督が声明を発表したとき、「海軍が本気の姿勢を見せれば相手は退くだろう」くらいに高を括っていた。
 ところがこのとき対峙した第十九路軍は軍長・蔡廷楷さいていかい率いる広東派の部隊でありながら、蒋介石しょうかいせきに忠誠を誓う“亜流”の軍勢だった。どっちつかずのあやふやな立場にあったから、ここで手柄を立てれば南京での立場も強くなるが、退けば行き場を失うという背水の陣で臨んできたのだった。

 案の定、陸戦隊は虹江路きゅうこうろ大東街同済路だいとうがいどうさいろ三義里さんぎり方面、宝興路ほうこうろ踏切、横浜路の各方面で苦戦を強いられる。
 上海事変の主戦場となった閘北ざほく地区は、石壁の二階、三階家に挟まれた幅二、三メートルほどの隘路あいろが迷路のように入り組んむ典型的な旧市街地だ。言わば街全体が要塞のようになっていた。

 このため装甲車は投入できず、前線でくぎ付けとなった兵士たちを空き家の二階から便衣兵たちが狙撃してきた。陸戦隊はたちまち混乱に陥った。
 
 日本軍はこの戦略上の不利を、艦砲射撃と航空機爆撃で補った。
 だがこの当時、戦争と言えども航空機による“都市爆撃”は実質的に“ご法度”だった。日本海軍はこの禁を破り、しかも欧米人の目の前で大規模な都市爆撃と“野砲”による砲撃を繰り返したのだ。

 第一次世界大戦を通じて航空戦力の有効性が広く認知されたのは、よく知られるところだ。しかしこの当時、戦争は“戦場”で行うものであって、「非戦闘員」を巻き添えにする都市爆撃は許容されなかった。
 実際、ロンドンもパリもベルリンも、第一次大戦中に被害を被ったという話など聞いたこともないだろう。ドイツ軍がベルギーかどこかの都市を爆撃したのだが、すぐさま「何と非人道的なことをするのか」と非難ごうごう浴びて作戦を中止したとの逸話もある。

 ところが続く第二次世界大戦では各国が入り混じって容赦ない都市爆撃を敢行する。このため、戦間期の“ご法度”そのものがどこかえ消え去ってしまった。
 ただ「日本軍が非戦闘員を巻き添えにした」という負の記憶だけが、今に至るまでずっと消えずに残っている。
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