風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第十四章上海事変

第十四章第十五節(米人記者)

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                十五

 国際都市上海を舞台にした日本軍の“負の記憶”は、新聞という“記録”に残されている。
 以下、当時の英字紙がこの事件をどのように報じたかを見ていきたい。

 当時を伝える米国の新聞の中で、東京の国会図書館に所蔵されているのは清澤烈きよさわきよし氏も読んだであろう『ニューヨーク・タイムス』紙のみとなる。現在はともかく当時は記事の公平性に定評があり、比較的日本に“好意的”とされた同紙ですらこうだったなら、あとは推して知るべしのひな型とも言えよう。

 同紙の特派員として上海から精力的に原稿を送ってきたのが、ハレット・アーベント極東総局長だ。
 一九二五年に起こった「五・三〇事件」の真っただ中の広州を振り出しに、上海、北京を転々とした彼は、五年後に起こる「支那事変」で一躍日本に知れ渡る。総じて華人贔屓びいきに偏りがちな英語圏の記者のなかで、珍しく日本の真意を理解しようとした人物として、日本の保守言論界には言わずと知れたベテラン記者だ。

 ただ上海事変の引き金となった日本人僧侶たちへの暴行事件と、これに対する日本人青年同志会メンバーの“リベンジマッチ”が行われた頃、アーベント記者はまだ北平(北京)にいた。
 この時点で『ニューヨーク・タイムス』編集部は、上海での緊張の高まりを「局地的な出来ごと」と見ていたと言える。編集長の関心は依然、満洲へ注がれていたのだった。

 上海で起こったふたつの事件は、一月二十日付八面に短信で載せられた。そして二十二日付十面には、村井総領事が上海市へ排日ボイコットの排除など四項目の要求を突きつけたことと海軍第一遣外艦隊司令官の塩澤幸一しおざわこういち少将が声明を発したこと、さらに海軍省が軍艦を同地へ派遣した事実を短信で淡々と報じたのみだった。
 ただし記事のタイトルには『日本が民国を威嚇している』とあった。

 清澤氏は上海事変に関する米紙の報道に苦言を呈している。

 「上海砲撃に関する米国新聞の通信記事は、日本人として腹立たしいことばかりであった。しかもそれが多くは上海在留のアメリカ人が書いたものであるから、これに影響されて米国の対日輿論は非常に悪化した」

 アーベント記者もまた、華人側の宣伝に引きずられて事実無根の情報や、あからさまな“悪感情”に基づく日本叩きの記事を書き立てた米人記者の一人に過ぎなかった。
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