369 / 466
第十四章上海事変
第十四章第十九節(アンチ日本)
しおりを挟む
十九
この日の夜空は霧深く、時折にわか雨が街を濡らした。
そんな閘北の上空を、「六機の爆撃機が常時旋回している」。
自ら戦場へ足を踏み入れた記者は、なぜか目撃者の証言を引用するかたちで「戦争の宣言もされていないのに、人口の密集地であり要塞化もされていない市街地に対する、かつて例を見ないほど致命的な爆撃が行われている」と書いた。
日本兵が狙撃されるのを目の当たりにした記者だが、記事の論調はすでに“弱い華人”に襲い掛かる“残忍な日本人”という図式で固まっていた。
日本側が広東系でありながら蒋介石に忠誠を誓う第十九路軍を「背水の陣で臨んでくる軍隊」と分析したのと反対に、記者は「数こそ二万五千に上るが、士気の低い軍隊」と位置づけ、「日本が軍事行動を起こせばすぐさま閘北を占領し、租界の一定部分も抑えるだろう」と見込んだ。ところが彼らの抵抗はしぶとい。「何千人もの民国軍兵士が建物の上から狙撃を繰り返し」、日本軍を釘付けにしている。
それ故、「租界の東部に陸戦隊の増援軍約二千人が上陸してから十三時間が経過したが、閘北を確保するにはいたっていない」と作戦の不首尾を祝った。
彼は自分の意見を「共同租界の意見」に代弁させ、「日本人は過信しすぎた。一、二時間もあれば上海の華人地域など占領できると信じていたが、予想外の抵抗に直面している」と、あらかじめ決められた記事の論調を補強した。記事には一応のこと、塩澤提督の声明も引用されている。
「上海国際共同租界が不安定さを増し、なお一層の政情不安が懸念される。この見地から租界工部局は非常事態宣言を発出し、各国駐留軍は所定の警部区へ向かうこととなった。(中略)帝国海軍は多数の日本人が暮らす閘北の状況を極度に憂慮している。今回の派兵は同地区の法と秩序を守るためである。閘北における敵対的状況を避けるため、中華民国軍当局が即座に軍隊を引き揚げるよう望む」
それでいて記者は、「突然の強硬策は華人側を驚かせたばかりでなく、この地の領事団の信頼をもひっくり返した」と、肝心要の「非常事態宣言に基づく共同警備行動」と事実をかき消そうと努めた。
なお極めつけに、こうも続ける。
「昨日までここ(上海)の外国人の多くは、民国が公然と、しかも繰り返し条約を軽視してきたことに対して何らかのお仕置きがなされるべきだと公言していた。そして日本は自らその先頭に立って華人へ向けて、その義務と公約を守るよう仕向けているのだという同情の念を抱いていた。だが本日正午以降(中略)外国人なかんずくアメリカ人の意見は『アンチ日本』へと変わった」
よほど気に入ったのだろう。記者は二月一日の三面と三日十二面、九日付二十三面の記事にも同じ趣旨の文言を繰り返し、読者の脳裏に焼き付けた。
この日の夜空は霧深く、時折にわか雨が街を濡らした。
そんな閘北の上空を、「六機の爆撃機が常時旋回している」。
自ら戦場へ足を踏み入れた記者は、なぜか目撃者の証言を引用するかたちで「戦争の宣言もされていないのに、人口の密集地であり要塞化もされていない市街地に対する、かつて例を見ないほど致命的な爆撃が行われている」と書いた。
日本兵が狙撃されるのを目の当たりにした記者だが、記事の論調はすでに“弱い華人”に襲い掛かる“残忍な日本人”という図式で固まっていた。
日本側が広東系でありながら蒋介石に忠誠を誓う第十九路軍を「背水の陣で臨んでくる軍隊」と分析したのと反対に、記者は「数こそ二万五千に上るが、士気の低い軍隊」と位置づけ、「日本が軍事行動を起こせばすぐさま閘北を占領し、租界の一定部分も抑えるだろう」と見込んだ。ところが彼らの抵抗はしぶとい。「何千人もの民国軍兵士が建物の上から狙撃を繰り返し」、日本軍を釘付けにしている。
それ故、「租界の東部に陸戦隊の増援軍約二千人が上陸してから十三時間が経過したが、閘北を確保するにはいたっていない」と作戦の不首尾を祝った。
彼は自分の意見を「共同租界の意見」に代弁させ、「日本人は過信しすぎた。一、二時間もあれば上海の華人地域など占領できると信じていたが、予想外の抵抗に直面している」と、あらかじめ決められた記事の論調を補強した。記事には一応のこと、塩澤提督の声明も引用されている。
「上海国際共同租界が不安定さを増し、なお一層の政情不安が懸念される。この見地から租界工部局は非常事態宣言を発出し、各国駐留軍は所定の警部区へ向かうこととなった。(中略)帝国海軍は多数の日本人が暮らす閘北の状況を極度に憂慮している。今回の派兵は同地区の法と秩序を守るためである。閘北における敵対的状況を避けるため、中華民国軍当局が即座に軍隊を引き揚げるよう望む」
それでいて記者は、「突然の強硬策は華人側を驚かせたばかりでなく、この地の領事団の信頼をもひっくり返した」と、肝心要の「非常事態宣言に基づく共同警備行動」と事実をかき消そうと努めた。
なお極めつけに、こうも続ける。
「昨日までここ(上海)の外国人の多くは、民国が公然と、しかも繰り返し条約を軽視してきたことに対して何らかのお仕置きがなされるべきだと公言していた。そして日本は自らその先頭に立って華人へ向けて、その義務と公約を守るよう仕向けているのだという同情の念を抱いていた。だが本日正午以降(中略)外国人なかんずくアメリカ人の意見は『アンチ日本』へと変わった」
よほど気に入ったのだろう。記者は二月一日の三面と三日十二面、九日付二十三面の記事にも同じ趣旨の文言を繰り返し、読者の脳裏に焼き付けた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
電子の帝国
Flight_kj
歴史・時代
少しだけ電子技術が早く技術が進歩した帝国はどのように戦うか
明治期の工業化が少し早く進展したおかげで、日本の電子技術や精密機械工業は順調に進歩した。世界規模の戦争に巻き込まれた日本は、そんな技術をもとにしてどんな戦いを繰り広げるのか? わずかに早くレーダーやコンピューターなどの電子機器が登場することにより、戦場の様相は大きく変わってゆく。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる