風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第十四章上海事変

第十四章第十九節(アンチ日本)

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                 十九

 この日の夜空は霧深く、時折にわか雨が街を濡らした。
 そんな閘北ざほくの上空を、「六機の爆撃機が常時旋回している」。
 自ら戦場へ足を踏み入れた記者は、なぜかを引用するかたちで「戦争の宣言もされていないのに、人口の密集地であり要塞化もされていない市街地に対する、かつて例を見ないほど致命的な爆撃が行われている」と書いた。

 日本兵が狙撃されるのを目の当たりにした記者だが、記事の論調はすでに“弱い華人”に襲い掛かる“残忍な日本人”という図式で固まっていた。
 日本側が広東系でありながら蒋介石しょうかいせきに忠誠を誓う第十九路軍を「背水の陣で臨んでくる軍隊」と分析したのと反対に、記者は「数こそ二万五千に上るが、士気の低い軍隊」と位置づけ、「日本が軍事行動を起こせばすぐさま閘北を占領し、租界の一定部分も抑えるだろう」と見込んだ。ところが彼らの抵抗はしぶとい。「何千人もの民国軍兵士が建物の上から狙撃を繰り返し」、日本軍を釘付けにしている。
 それ故、「租界の東部に陸戦隊の増援軍約二千人が上陸してから十三時間が経過したが、閘北ざほくを確保するにはいたっていない」と作戦の不首尾を祝った。

 彼は自分の意見を「共同租界の意見」に代弁させ、「日本人は過信しすぎた。一、二時間もあれば上海の華人地域など占領できると信じていたが、予想外の抵抗に直面している」と、あらかじめ決められた記事の論調を補強した。記事には一応のこと、塩澤提督の声明も引用されている。

 「上海国際共同租界が不安定さを増し、なお一層の政情不安が懸念される。この見地から租界工部局は非常事態宣言を発出し、各国駐留軍は所定の警部区へ向かうこととなった。(中略)帝国海軍は多数の日本人が暮らす閘北の状況を極度に憂慮している。今回の派兵は同地区の法と秩序を守るためである。閘北における敵対的状況を避けるため、中華民国軍当局が即座に軍隊を引き揚げるよう望む」

 それでいて記者は、「突然の強硬策は華人側を驚かせたばかりでなく、この地の領事団の信頼をもひっくり返した」と、肝心要の「非常事態宣言に基づく共同警備行動」と事実をかき消そうと努めた。
 なお極めつけに、こうも続ける。
 
 「昨日までここ(上海)の外国人の多くは、民国が公然と、しかも繰り返し条約を軽視してきたことに対して何らかのお仕置きがなされるべきだと公言していた。そして日本は自らその先頭に立って華人へ向けて、その義務と公約を守るよう仕向けているのだという同情の念を抱いていた。だが本日正午以降(中略)外国人なかんずくアメリカ人の意見は『アンチ日本』へと変わった」
 
 よほど気に入ったのだろう。記者は二月一日の三面と三日十二面、九日付二十三面の記事にも同じ趣旨の文言を繰り返し、読者の脳裏に焼き付けた。
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