風紋（Sand Ripples）～あの頃だってそうだった～

第十五章リース＝ロスの幣制改革

第十五章第七節（合衆国通貨制度）

　　　　　　　　　　　　　　　　　七

　国際的な銀価格の高騰を招いた主犯は、一九三四年五月十二日にワシントンの議会を通過したある法律だった。

　「農業救済並びに通貨増発条例」と名付けられたこの法律は、いわゆる大恐慌に先行して生じた“農業恐慌”への救済を主な目的としたが、どういう訳かそこに政府が銀を買い上げるという条項が盛り込まれた。

　この部分は重要なので、少し歴史を遡る。

　世界の通貨制度は、十四世紀頃から金と銀を併用する「複本位制」が一般化する。唯一の例外がイギリスで、一八一六年に金のみを準備金属とする“単本位制”を法制化した。
　それから半世紀あまり、この“変わり者”に追随する国はなかったが、経済規模の拡大とともに持ち運びの便利さなどから七三年にドイツが、七六年フランスがそれぞれ金本位制へと移行する。
一九三〇年代前半の金価格は銀の価格に対して三十数倍の根を付けた。銀三十数グラムを持ち歩くより、金一グラムの方が軽いという訳だ。

　日本は七一（明治四）年の新貨条例により名目上は金本位制を採用したが、この頃はまだ市中に流通していたのは銀貨幣の方だった。名実ともに金本位通貨となるのは日清戦争後の戦時賠償金を基礎とした、兌換銀行券条例の改正と貨幣法の制定を待ってからのこととなる。

　アメリカ合衆国もこの潮流に沿って一八七三年二月、銀貨の自由鋳造を禁止し跛行はこう本位（リンピング・スタンダード）を取りながら金本位への移行を模索した。以後新規の銀貨鋳造は認めないが、既存の銀貨は依然流通するという点で、複本位ではなく変則的な跛行本位という。

　同時にこの頃は、南北戦争中に乱発した不換紙幣の「グリーン・バックス」を回収する戦後処理の時代で、この過程で通貨の収縮が起こり深刻な不況に見舞われた。
　この不況からの救済策を巡ってワシントンの議会に二つの潮流が生まれた。

　ひとつは再び“複本位制”に戻して通貨の供給を潤沢にするというもので、民主党が主導した。
　それというのも、当時の合衆国は世界最大の銀生産国である。一九一二年から五年間だけその座をメキシコに奪われるが、メキシコ銀の鉱山もその多くは米国資本によって経営されていたから、実質的には合衆国の独占的地位に変化はなかった。
　片や共和党は、世界の潮流に逆行すべきではないとして、あくまで“金本位”への移行を唱えた。

　彼らの主張が異なったのは、よって立つ支持基盤の相違に基づいた。ざっくり言えば、共和党の支持基盤は東部の資本家階級にあり、伝統的に金貨派であったのに対して民主党のそれは西部の農民層にあった。彼ら農民層は主に銀貨派だった。