1 / 25
第一話
しおりを挟む
私がこの能力を知ったのは、僅か6歳の時だった。
戦争が始まって2年程がたったある日、母親が流れ弾に当たり瀕死状態に陥った時の事だ。
―――その出来事が力を使い始める切っ掛けだった。
安っぽい担架に乗せられ、錆びれた車に乗せられる母親を、当時の私は必死で追いかけていた。
「お母さん!お母さん!」
医者の象徴である白衣を纏った女医が、当時の私に叫ぶ。多分相当焦っていたのだろう。形相は険しかった。
「大丈夫だから貴方は下がっていて!」
だが、子どもだった私はそんな言葉を聞き入れられる訳も無く、掴んだ母親の手を離そうとしなかった。
「お母さん!お母さん!」
しかし、しがみ付く小さな私の体を、ある人物が抱え上げ引き離そうとした。
「シュガ!お医者さんの言う事をちゃんと聞くんだ!お母さんの為なんだぞ!」
私には10以上離れた兄が居た。その兄が、見兼ねて私を引き剥がそうとしたのだ。
「やだ!離してよお兄ちゃん!お母さんと離れたくない!」
我がままを喚きながらも、私は母親の手を離そうとはしなかった。今では傍目目線ではあるが、よく覚えている。
兄に抱かれたまま、思いっきりもがいた。
「お母さんが助からなくてもいいのか?話さないと死んでしまうかもしれないんだ!だから離すんだ!」
兄の言う事をどうして受け入れられなかったのか、今になってしまっては分からない。
「嫌だ!離れてもう会えなくなったら嫌だもん!!」
きっと、子ども心がそうさせたのだろう、とは思う。
兄は、暴れ続け体勢を変え続ける私を留められなくなったのか、抱えていた腕を離した。
「シュガ!お母さんから手を離しなさい!!」
それでも尚訴えは続き、兄の口調が強くなった。だがそれほどに、心は母親の解放を拒んでいった。
「嫌だ!お母さんが死んじゃったら僕生きていけないもん!」
束縛は無理だと判断したのか、続いて兄は腕を掴み私を引き剥がそうとした。
その間にも、母親の呼吸は浅く細くなってゆく。
そんな時だった、力の発動を感じたのは。
「お母さん死なないで!!」
何の違和感も無い、この言葉を述べた瞬間だった。自分の中に、途轍もない力が流れたと感じたのは。
忙しくざわついていた空気が、一瞬にしてその雰囲気を変えた。重く、恐怖に駆られた空気へと。
それは、私自身も同じだった。恐怖心から声を失い、目を剥き出すように開いてその姿を見ていた。
そこには、私の手を握ったまま屈み込み、激痛に悶えながら胸を押さえる兄が居た。
「お兄…ちゃん…っ…痛い…」
兄に握られた手がとても痛かった。力が強くなって行って、怖かった覚えもある。
――それを自分が齎したものだと知らずに。
兄の方に駆け寄ろうとした時、気付いた事があった。その有り得ない出来事にも恐怖を覚える。
母親の手を握っている、自分の腕が動かない。
動けない状態では何の対処も儘ならず、見せられるがまま、もがく姿を目に焼き付けた。
時間で換算すれば、それはほんの数秒の時間だったが、恐怖により酷く長時間に感じられた。
「……お兄…ちゃ…お母さ…」
涙さえ溢れるほどの恐怖が胸を抉る。
周りの人間は一切気がついていないようだったが、私は違和を体の中に感じていた。
何かが自分を伝ってゆく感覚を。得体の知れない、とても言い表せない何かが。
兄の声が止まり、そこで漸く流れが止まった。自然と兄の手が離れ、母から手を離せるようにもなった。
兄は地面に突っ伏していた。顔面を地面にぴったりと付けていて幼いながらも直ぐに理解した。
―――――彼が、死んでいるのだと。
「う…うわぁぁああぁぁぁああ!!」
恐怖に意識を絶たれた私が、次に目を覚ましたのは見知らぬ場所だった。しかし、隣のベッドで眠っていた傷だらけの人間を見て、直ぐに病院だと悟る。
周囲を見回すと、戦争の悲惨な現実が広がっていた。手当てし切れない傷を晒す者や、死を待つだけの者などが大勢居たのだ。
「……シュガ、起きたのね…?」
呆然とベッドに座っていた私の耳に届いたのは、夢の中でさえ求めていた声だった。
だが、その声は震えていて、声だけで泣いていると分かった。
事実、母親の目には涙が溜まっていた。その横には先程見た女医師が居る。
「お母さん…僕…何があったの?」
まだ強張ったままの顔で訊ねると、母親は私を強く抱いてくれた。
「…シュガも分からないの…?」
所謂、母親にも理解出来ていないという事だ。
「…分かんない…怖いよ、お母さん…」
母親の、元通りになった温もりを感じながら、半ば無意識に先程の情景を思い巡らせた。死に向かう兄の顔が脳裏に焦げ付いている。
「………お母さん、お兄ちゃんは…?」
母親は、堪えていたらしき涙を一気に溢れさせた。付近で見ていた医師が、困り顔をするのが見えた。
その時、確信した。兄が死んだのだと。
戦争が始まって2年程がたったある日、母親が流れ弾に当たり瀕死状態に陥った時の事だ。
―――その出来事が力を使い始める切っ掛けだった。
安っぽい担架に乗せられ、錆びれた車に乗せられる母親を、当時の私は必死で追いかけていた。
「お母さん!お母さん!」
医者の象徴である白衣を纏った女医が、当時の私に叫ぶ。多分相当焦っていたのだろう。形相は険しかった。
「大丈夫だから貴方は下がっていて!」
だが、子どもだった私はそんな言葉を聞き入れられる訳も無く、掴んだ母親の手を離そうとしなかった。
「お母さん!お母さん!」
しかし、しがみ付く小さな私の体を、ある人物が抱え上げ引き離そうとした。
「シュガ!お医者さんの言う事をちゃんと聞くんだ!お母さんの為なんだぞ!」
私には10以上離れた兄が居た。その兄が、見兼ねて私を引き剥がそうとしたのだ。
「やだ!離してよお兄ちゃん!お母さんと離れたくない!」
我がままを喚きながらも、私は母親の手を離そうとはしなかった。今では傍目目線ではあるが、よく覚えている。
兄に抱かれたまま、思いっきりもがいた。
「お母さんが助からなくてもいいのか?話さないと死んでしまうかもしれないんだ!だから離すんだ!」
兄の言う事をどうして受け入れられなかったのか、今になってしまっては分からない。
「嫌だ!離れてもう会えなくなったら嫌だもん!!」
きっと、子ども心がそうさせたのだろう、とは思う。
兄は、暴れ続け体勢を変え続ける私を留められなくなったのか、抱えていた腕を離した。
「シュガ!お母さんから手を離しなさい!!」
それでも尚訴えは続き、兄の口調が強くなった。だがそれほどに、心は母親の解放を拒んでいった。
「嫌だ!お母さんが死んじゃったら僕生きていけないもん!」
束縛は無理だと判断したのか、続いて兄は腕を掴み私を引き剥がそうとした。
その間にも、母親の呼吸は浅く細くなってゆく。
そんな時だった、力の発動を感じたのは。
「お母さん死なないで!!」
何の違和感も無い、この言葉を述べた瞬間だった。自分の中に、途轍もない力が流れたと感じたのは。
忙しくざわついていた空気が、一瞬にしてその雰囲気を変えた。重く、恐怖に駆られた空気へと。
それは、私自身も同じだった。恐怖心から声を失い、目を剥き出すように開いてその姿を見ていた。
そこには、私の手を握ったまま屈み込み、激痛に悶えながら胸を押さえる兄が居た。
「お兄…ちゃん…っ…痛い…」
兄に握られた手がとても痛かった。力が強くなって行って、怖かった覚えもある。
――それを自分が齎したものだと知らずに。
兄の方に駆け寄ろうとした時、気付いた事があった。その有り得ない出来事にも恐怖を覚える。
母親の手を握っている、自分の腕が動かない。
動けない状態では何の対処も儘ならず、見せられるがまま、もがく姿を目に焼き付けた。
時間で換算すれば、それはほんの数秒の時間だったが、恐怖により酷く長時間に感じられた。
「……お兄…ちゃ…お母さ…」
涙さえ溢れるほどの恐怖が胸を抉る。
周りの人間は一切気がついていないようだったが、私は違和を体の中に感じていた。
何かが自分を伝ってゆく感覚を。得体の知れない、とても言い表せない何かが。
兄の声が止まり、そこで漸く流れが止まった。自然と兄の手が離れ、母から手を離せるようにもなった。
兄は地面に突っ伏していた。顔面を地面にぴったりと付けていて幼いながらも直ぐに理解した。
―――――彼が、死んでいるのだと。
「う…うわぁぁああぁぁぁああ!!」
恐怖に意識を絶たれた私が、次に目を覚ましたのは見知らぬ場所だった。しかし、隣のベッドで眠っていた傷だらけの人間を見て、直ぐに病院だと悟る。
周囲を見回すと、戦争の悲惨な現実が広がっていた。手当てし切れない傷を晒す者や、死を待つだけの者などが大勢居たのだ。
「……シュガ、起きたのね…?」
呆然とベッドに座っていた私の耳に届いたのは、夢の中でさえ求めていた声だった。
だが、その声は震えていて、声だけで泣いていると分かった。
事実、母親の目には涙が溜まっていた。その横には先程見た女医師が居る。
「お母さん…僕…何があったの?」
まだ強張ったままの顔で訊ねると、母親は私を強く抱いてくれた。
「…シュガも分からないの…?」
所謂、母親にも理解出来ていないという事だ。
「…分かんない…怖いよ、お母さん…」
母親の、元通りになった温もりを感じながら、半ば無意識に先程の情景を思い巡らせた。死に向かう兄の顔が脳裏に焦げ付いている。
「………お母さん、お兄ちゃんは…?」
母親は、堪えていたらしき涙を一気に溢れさせた。付近で見ていた医師が、困り顔をするのが見えた。
その時、確信した。兄が死んだのだと。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる