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第二十話
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数日後、久しぶりに三人で机を囲んだ。
他の医師達は冷たい目を向けていたが、日が経つに連れ段々と悪口を直接言ってくる事は無くなっていた。
シックは一度涙を見せただけで、その後は何も言わず、いつものシックに戻っていた。レイギアの名が出される事も一度も無かった。
彼女の中で、事柄はまだ収拾していないはずだ。けれどシックなりに選択をし、いつも通りの姿を貫いているのだろう。
「シック、シュガ見て、また新しい写真が届いたよ」
二人に向けて携帯画面を差し出したリガは、嬉しそうに笑っていた。
「マイルちゃん大きくなりましたね」
「子どもって早いのねぇ」
毛布では足りなくなったのか、新しい手作りの服を着せられた赤子は、相変わらず幸せそうな寝顔を見せている。
「体重も随分と増えたそうで、安心だよ」
「そうですか、良かったですね」
リガの故郷は、今はまだ比較的安全な所にあるらしく、物資も日用品も不十分ではあるが手に入るらしい。
だが、その土地も、戦場が拡大すれば危険に晒されてしまうだろう。
「まだ歩いてないの?」
「さすがにまだみたい」
リガは笑声をつけて嬉しそうに答える。シュガは二人の掛け合いを微笑ましく見た。
「歩いてるとこ見たいね、動画とか送ってって言っておいてよ」
「あ、うん、動画…」
だが、リガの小さく沈んだ声に直ぐに微笑みは消えて言った。
「俺の携帯はまだしも、母さん達が持ってる奴は写真だけしか送れないらしくって」
因みに前、なぜ母親も携帯を持っているのか訊ねたところ、町の中でもそれなりに裕福な家庭が――もちろん豪邸を持っている訳では無いが、そんな家庭があって、そこのご家族と共に暮らしているらしく、共有させてもらっているとの話だ。
「そうなんだ。そっか、じゃあ連写してもらう?」
「連写ってシック、送るのにどれだけかかるの」
一枚ずつしか送れないやつなのに、と笑いながら話したリガは続けざまに言う。
「一度でもいいから、妹に会いたいなぁ」
切実な願いが、シュガの中に入り込んできた。叶いそうで叶わない、夢物語のような願い。
写真を見ながら純粋に、叶えてあげたいと思った。
***
部屋に閉じこもり、患者を治してゆく。
最近は何も考えないようにと、犠牲になる者に何も告げず、ただただ怯える体から命を奪った。
早く、誰か戦争を終わらせてくれないかな。
リガが、マイルが、生きているうちに。
「グロードさん、終わりましたので今から開けます」
扉を開けると、何時もの様にグロードが入って来て、死体をその手に集め始めた。
シュガはそんなグロードを見ながら、無意識に溜め息を付いていた。
「私がどうかなされましたか?」
「いいえ、戦争終わらないかなぁって思っただけです。グロードさんに対してでは無いです」
事実だ。これだけ大勢の人間が死んで、これだけ多くの人間が助かっているというのに、戦争は全く終わる気配を見せない。不思議とさえ思えてくる。
「終わると、良いですね」
珍しく言葉に間を開けたグロードを見て、急に些細な疑問が浮かんだ。
「グロードさんは、ご家族は」
もしかしたら、タブーな質問かもしれないが。
「戦争が始まって間も無く死にました」
死体を片付けていて丁度背を向けていたため、表情は見えない。
「妻と、幼い子どもが3人死にました」
だが、悲しい雰囲気だけは感じ取れた。
「そうでしたか、申し訳有りません」
「いいえ」
「私もですよ、でも守りたい人は出来ました」
自分は何を言っているんだろう、と思いながらも、発言はやめなかった。どうしてか聞いて欲しいと思った。
「グロードさんは?」
「わたしは、もう」
グロードは、返事と眠る患者だけ置いて、せっせと部屋を出て行ってしまった。
あんなに分からなかったグロードの知らなかった一面が見えて、少しだけ親身になれた気がした。
他の医師達は冷たい目を向けていたが、日が経つに連れ段々と悪口を直接言ってくる事は無くなっていた。
シックは一度涙を見せただけで、その後は何も言わず、いつものシックに戻っていた。レイギアの名が出される事も一度も無かった。
彼女の中で、事柄はまだ収拾していないはずだ。けれどシックなりに選択をし、いつも通りの姿を貫いているのだろう。
「シック、シュガ見て、また新しい写真が届いたよ」
二人に向けて携帯画面を差し出したリガは、嬉しそうに笑っていた。
「マイルちゃん大きくなりましたね」
「子どもって早いのねぇ」
毛布では足りなくなったのか、新しい手作りの服を着せられた赤子は、相変わらず幸せそうな寝顔を見せている。
「体重も随分と増えたそうで、安心だよ」
「そうですか、良かったですね」
リガの故郷は、今はまだ比較的安全な所にあるらしく、物資も日用品も不十分ではあるが手に入るらしい。
だが、その土地も、戦場が拡大すれば危険に晒されてしまうだろう。
「まだ歩いてないの?」
「さすがにまだみたい」
リガは笑声をつけて嬉しそうに答える。シュガは二人の掛け合いを微笑ましく見た。
「歩いてるとこ見たいね、動画とか送ってって言っておいてよ」
「あ、うん、動画…」
だが、リガの小さく沈んだ声に直ぐに微笑みは消えて言った。
「俺の携帯はまだしも、母さん達が持ってる奴は写真だけしか送れないらしくって」
因みに前、なぜ母親も携帯を持っているのか訊ねたところ、町の中でもそれなりに裕福な家庭が――もちろん豪邸を持っている訳では無いが、そんな家庭があって、そこのご家族と共に暮らしているらしく、共有させてもらっているとの話だ。
「そうなんだ。そっか、じゃあ連写してもらう?」
「連写ってシック、送るのにどれだけかかるの」
一枚ずつしか送れないやつなのに、と笑いながら話したリガは続けざまに言う。
「一度でもいいから、妹に会いたいなぁ」
切実な願いが、シュガの中に入り込んできた。叶いそうで叶わない、夢物語のような願い。
写真を見ながら純粋に、叶えてあげたいと思った。
***
部屋に閉じこもり、患者を治してゆく。
最近は何も考えないようにと、犠牲になる者に何も告げず、ただただ怯える体から命を奪った。
早く、誰か戦争を終わらせてくれないかな。
リガが、マイルが、生きているうちに。
「グロードさん、終わりましたので今から開けます」
扉を開けると、何時もの様にグロードが入って来て、死体をその手に集め始めた。
シュガはそんなグロードを見ながら、無意識に溜め息を付いていた。
「私がどうかなされましたか?」
「いいえ、戦争終わらないかなぁって思っただけです。グロードさんに対してでは無いです」
事実だ。これだけ大勢の人間が死んで、これだけ多くの人間が助かっているというのに、戦争は全く終わる気配を見せない。不思議とさえ思えてくる。
「終わると、良いですね」
珍しく言葉に間を開けたグロードを見て、急に些細な疑問が浮かんだ。
「グロードさんは、ご家族は」
もしかしたら、タブーな質問かもしれないが。
「戦争が始まって間も無く死にました」
死体を片付けていて丁度背を向けていたため、表情は見えない。
「妻と、幼い子どもが3人死にました」
だが、悲しい雰囲気だけは感じ取れた。
「そうでしたか、申し訳有りません」
「いいえ」
「私もですよ、でも守りたい人は出来ました」
自分は何を言っているんだろう、と思いながらも、発言はやめなかった。どうしてか聞いて欲しいと思った。
「グロードさんは?」
「わたしは、もう」
グロードは、返事と眠る患者だけ置いて、せっせと部屋を出て行ってしまった。
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