とある少女の物語

有箱

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 貴方は今どこにいるの。何を思って生きているの。きっと苦しんでいるよね。ごめんねって言いたいな。それからもう一つ言いたい、私は貴方がーー。
 
 暗い天井を見上げながら――否、ただ呆と目の前を見ながらアロは思った。これは毎夜の週間である。物思いに更けるのはアロの人生において逃れようのないルーティンで、物心ついた時から、定められたかのように時間を費やしてきた。

 どれもこれも、全ては生前の自分が影響している。

 アロには、生まれ持った記憶があった。それは別の少女だった時の物で、無秩序に、無造作に頭の中に収まっていた。
 そんな状態であるにも関わらず、心を引き継ぐには十分なほどの強い感情が散りばめられていた。
 
 曖昧な記憶の中、唯一はっきりと覚えているものがある。それこそが最期の瞬間だ。
 迷子の子どもが一人で道を渡る。吸い込まれるよう、馬車が子どもの方へ行く。少女は気付き、走り出す。そして仲介するよう手を伸ばす。子どもを突き飛ばし、大きくなる馬車を前に立ち尽くす。
 そんなワンシーンと、それから。

「――――!!!」

 言葉として覚えていないものの、確かに少女の名を呼ぶ声があった。必死で、そして悲しげに。
 その声は兄のものだった。誰よりも、何よりも愛していた――愛している兄の声。

 多くの感情を引き継ぐ中、何よりも共鳴したのは実兄への恋情だった。その感情は、今アロの中にそのまま乗り移っている。
 
 死に飲み込まれるまでの数秒、少女は後悔した。
 愛しい人に死ぬ姿を見せてしまったことを。それから、心を打ち明けなかったことを。
 どうしてと、守れなかったと嘆く兄に、何も伝えられなかった。
 だから少女は――アロは探している。二つの言葉を伝えるために。
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