君の許しが下りるまで

有箱

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 それからも、やはり真実は明かされなかった。俺から訊ねることもなくなり、いつしか普通の夫婦のようになっていった。
 子どもが出来ても、町の色が変わっても、孫が出来ても、白髪が生え揃っても、幸福な償いを続けた。

 このまま答えなんて知らなくてもいい。真相なんていらない。そう思っていた――彼女が白い部屋に縛られるまでは。

「ねぇ、桜花。そろそろ答えをちょうだいよ。前の俺は君に何をしたの? 大丈夫。分かったとしても、愛するのは止めないよ。と言うか止められないと思う」

 約四ヶ月前、病が発覚した。しかも半年の余命つきだ。宣告を叩き付けられた時、俺だけが酷く嘆いた。けれど、桜花はいつも通りだった。

 白い部屋と、窓型に抜かれた青の背景。その中にいる、変わらず美しい桜花。愛しさの限界は、結局来なかった。
 貴方の事がずっと嫌いでした――なんて言われたとて、すぼめられはしないだろう。

「うーん、そうね。でもね、うーん……」
「どうしてそんなに嫌なの? 口にしたら怒りが爆発しちゃうとか? 言うとかかる呪いがあるとか?」
「それは違うけど」
「あっ、違うんだ」
「でも、そうね。そろそろ良いかしらね……」

 穏やかな微笑みに、小さな寂しさが宿った。それから、仄かな愛しさも。
 いつかに、同じ目を見たことがある。正確な時間は分からないが、これまでの様々な思い出の中にあった。

 桜花は静かに、けれどはっきりとした口調で語りはじめた。

「前世でもね、私たちは夫婦だったの。とても仲が良くて、どこへ行くにも一緒だったわ。
 とても優しくて穏やかな人で……大好きだった。何を犠牲にしてでも共にいたい。そう願うほどに愛していた。
 体は変わったけれど、気持ちは今でも褪せていないわ。ごめんね、一騎さんとあの人を同じにして。一騎さんは一騎さんなのにね」
「……いいよ、もうそんなこと気にもならない」

 はじめて明かされるはずの話は、それほど遠い存在にならなかった。共鳴する部分があるからかもしれない。

 しかし、そんなに好きだったのなら、何に怒るというのだろう。たった一つの許せないこととは、なんなのだろう。

「私ね、前の貴方と出会う前、大切な人を亡くしていたの。だから、貴方とした約束をあの人ともしたのよ」
「一生愛してってやつ?」
「死ぬまで愛してが正しいわね」

 でも、あの人は裏切ったのよ。

 言葉の続きが、我先にと頭を駆け出す。確認が口に灯りかけたが何とか噤んだ。静かな声を、逸る心で構える。

「けどね、あの人は守ってくれなかった。
 あの人ね、戦争へ行って、自決したのだそうよ。戦地から帰ってきた方に聞いたわ。生き延びる可能性を自ら放棄したの。
 きっと悩み抜いた末の決断だったのでしょう。それは分かるわ。けれど駄目だった。悲しくてやりきれなかった。その時、思い出したの」

 桜花の頬に、悲しみが線を引く。遠くの人を想い、流す涙に悔しさを重ねた。

「あの人、約束した時言ったのよ。『絶対に守る。守れなかったら一生恨んでくれても良い』って。
 だから私は、あの人を許さないことにした。そうでもしなきゃ、正気でいられなかったの」
「……そうか」

 桜花が――彼女が唯一許せなかったこと。それが深すぎる愛情に基づいているなんて、考えもしなかった。
 憎しみを根源にしたものしかない、そんな概念に呑まれきっていた。

「ずっと言えなくてごめんなさい。最初は言うつもりでいたのだけれど、急に怖くなったの。一騎さんを先に死なせてしまう気がして。
 でもね、それでもね。どうしてもまた一緒になりたかったの。ずっと、ずっと、貴方が死んだと知った時からずーっと会いたかったのよ」

 出会いが、過ごした時間が巡る。結局、彼女が誰を見ていたのかは分からなかった。
 けれど、そんなことは些細な問題だろう。愛しい人が隣にいる。それは事実だ。

「でも、もう良いわ。少し早いけれど、貴方を許すことにするわ」
「そうか、ありがとう」

 君が救われるなら、開放されるなら。もうどうだって良いよ。
 もちろん、寂しいし悔しいけどね。

「……本当、優しいままね。やっぱり大好きだわ」
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