造花の開く頃に

有箱

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11月11日

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[11月11日、金曜日]
 沸騰したばかりのお湯が、湯気を立てポットに落ちる。

「おはよう、月裏さん」
「あっ、おはよう、よく眠れた?」

 いつもより少しだけ早い時間に現れた、譲葉の声は今日も大人しい。
 だが、その変化の無さは、月裏に安堵感を与えた。
 実は今も、悪夢を見た日の譲葉が脳裏に残っていて、ふとした瞬間に姿を現す。
 また魘されていたらなんと声をかければいいのか、なんて悩んでしまう。

「お茶淹れるね、飲むでしょ?」
「あぁ、もらう」

 棚にあった、カップをもう一つ追加する。横並びする違う形のコップを見ると、懐かしさと切なさが蘇った。
 出来るだけ、憂鬱は呼び寄せないようにしよう。
 いやに前向きな感情が、自ずと回顧を遠のかせた。

 自分の中の変化が、久しぶりに実感できている。
 経験上、一時的である可能性も考えたが、そこからはわざと目を逸らした。
 抱えていた重荷を誰かに委ねるというのが、こうも心に影響を与えるのだと知らなかった。
 話すと楽になるとは色々な所で聞くが、強ち間違っていないのかもしれない。

 そんな前向きな心持であっても、会社に従事している時の苦しみは薄らがないが。

 終わる頃には、いつもながらヘトヘトだ。
 なぜ自分はこうも頑張っているのだろうとか、意味はあるのだろうか、といった疑問が浮かんでくる。
 答えは単純だ。抜け出せないから従事しているだけで大して意味は無い。

 敢えて言うなら生活資金を蓄える為だろうか。もっと突き詰めるならば、将来不自由しない為、とか。
 それも立派な理由ではあるが、貯蓄が十分に有る今、心をすり減らしながらも懸命に努める理由にはならない気がする。

 随分と冷え込みが増し、コートを着ていても寒気がする。その為自然と、帰宅する足が速くなる。

「ただいま!」

 勢い良く扉を開け放つと、いつもの無情な顔で譲葉が顔を上げた。

「おかえり」

 譲葉も寒かったのだろう。もこもこした服の上にコートを着て、模写に取り組んでいた。

「寒いね、大丈夫?」
「大丈夫だ、素材が良いから温かい」

 どうやら建前では無いらしく、鉛筆の動きはとても流暢だ。

「…………そう、良かった。でもこれから寒くなるし辛いよね……ヒーターでも買おうかな?」
「……わざわざ良い、対象を変えるから」
「そう」

 珍しく、譲葉は立ち上がろうとしなかった。月裏が靴を脱いでも、いつもに増して一生懸命に描き続けている。

「もう直ぐ完成なんだ」

 何気なく背後から覗き込んでいた月裏に、譲葉自ら教えてくれた。
 もう少しだから描きあげてしまいたいと、彼は言っているのだろう。

「だから、先に寝ていてくれ」

 月裏は視線を下げ、スケッチブックを見つめ始めた譲葉の背中を仰視する。
 完成までの工程には、ずっと興味があった。

「…………一緒に見てていい?」
「……えっ……」

 月裏が真横に屈み込むと、譲葉は描いていたページを内側にし、庇う形で抱いてしまった。

「恥ずかしい?」
「…………えっと……」

 譲葉は、戸惑いを浮かべている。分かり辛く確信はできないが、恐らくそうだ。
 月裏は譲葉の心を汲み取り、配慮してそっと立ち上がった。

「……ごめん、じゃあ先部屋行ってるね」

 そして譲葉の横を通り過ぎ、服の部屋へと向かった。
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