1 / 4
1
しおりを挟む
「あっ、また手付けてない!」
お決まりの声に引き戻され、頭の中の世界が閉じる。瞬間、眩しさを自覚し、五感も働きだした。ブルーライトを霞ませる朝日が、遮りのない窓から注いでいる。キーボードと連携していた手が、自然と遮光を買ってでた。
いつも通り視線が右へ、それから下へと点を結ぶ。そこにはコピーしたような一場面があった。頬をやや膨らませた彼女の下方、形の違う二つの握り飯がある。
「ごめん集中してた……えっと、おかえり」
「ただいま聖《ひじり》くん。ちゃんと食べて寝てくれないと心配になっちゃうんだけど?」
「本当ごめん。切りが良いところでって思ってたら……」
私は作家だ。否、今は世間から透明にされている唯の物書きである。二十五の時、一作だけ注目を浴びた。だが、以降出版すら不可能な駄作制作マシンと化した。
現在は、作家に戻るため必死に世界を編んでいる。とは言え、この作業も近々五年になるが。
そんな見過ごせないような歳月にも拘らず、彼女ーー陽菜乃は寄り添い続けてくれた。不満も不安も見せず、私以上の仕事を掛け持って。
「ってことで朝食できたよ。食べよ」
固くなった握り飯を回収し、陽菜乃は軽やかに立つ。私はというと、型のついた体に苦戦し、その背を一旦見送った。
***
味噌汁とオムレツ、カラフルなサラダ。それと、作りたてに戻った握り飯がある。和洋混ざった食卓を挟み、私たちは向かい合った。口に含んだ出汁の優しさが、身体中に染み渡る。
「美味しい……」
「それは良かった。エネルギー足りてなかったんだよ、きっと」
同じメニューを口にした陽菜乃は、一時《ひととき》を慈しむよう穏やかに笑む。世界を行き来していた脳には、少々遅すぎるほどのーーだが快いーー緩やかさがそこにはあった。
心身が欲するまま、握り飯を頬張る。あっという間に全て取り込み、頷いた。
「そうかも」
「小説、中々上手くいかない感じだね」
陽菜乃は小学生の級友で、夢見る時代の私を知っている。彼女との共通点も小説で、その頃から私を応援してくれていた。
作家になったら結婚しようなんて誓い、実現させたはいいがこれだ。捨てられると怯えていたが、陽菜乃は見放しすらしなかった。
私は、そんな陽菜乃を心から愛している。だから、彼女の為に再び夢を叶えたい。
「うん。色々頭ん中にネタは出てくるんだけどさ、これだ!って感じになってくれないんだよなぁ……」
脳内では、常に多数の並行世界を展開させていた。人気要素や流行を引き込みつつ、オリジナリティを併せ、展開には心地よさを。そんな基盤を神の如く掲げて。
ただ、どうしても美しい世界は練りあがらなかった。理想が折られ続け、焦燥すらするほどに。
「そっかぁ、やっぱ大変なんだね」
「まぁ、でも頑張るよ。陽菜乃ばかりに無理させられないからね」
「無理してないのにー」
馴染みすぎたやり取りに、陽菜乃は無邪気な笑みを讃える。私も同じ振りをして、苦さを飲み込んだ。
さすがに五年は、長すぎる。
お決まりの声に引き戻され、頭の中の世界が閉じる。瞬間、眩しさを自覚し、五感も働きだした。ブルーライトを霞ませる朝日が、遮りのない窓から注いでいる。キーボードと連携していた手が、自然と遮光を買ってでた。
いつも通り視線が右へ、それから下へと点を結ぶ。そこにはコピーしたような一場面があった。頬をやや膨らませた彼女の下方、形の違う二つの握り飯がある。
「ごめん集中してた……えっと、おかえり」
「ただいま聖《ひじり》くん。ちゃんと食べて寝てくれないと心配になっちゃうんだけど?」
「本当ごめん。切りが良いところでって思ってたら……」
私は作家だ。否、今は世間から透明にされている唯の物書きである。二十五の時、一作だけ注目を浴びた。だが、以降出版すら不可能な駄作制作マシンと化した。
現在は、作家に戻るため必死に世界を編んでいる。とは言え、この作業も近々五年になるが。
そんな見過ごせないような歳月にも拘らず、彼女ーー陽菜乃は寄り添い続けてくれた。不満も不安も見せず、私以上の仕事を掛け持って。
「ってことで朝食できたよ。食べよ」
固くなった握り飯を回収し、陽菜乃は軽やかに立つ。私はというと、型のついた体に苦戦し、その背を一旦見送った。
***
味噌汁とオムレツ、カラフルなサラダ。それと、作りたてに戻った握り飯がある。和洋混ざった食卓を挟み、私たちは向かい合った。口に含んだ出汁の優しさが、身体中に染み渡る。
「美味しい……」
「それは良かった。エネルギー足りてなかったんだよ、きっと」
同じメニューを口にした陽菜乃は、一時《ひととき》を慈しむよう穏やかに笑む。世界を行き来していた脳には、少々遅すぎるほどのーーだが快いーー緩やかさがそこにはあった。
心身が欲するまま、握り飯を頬張る。あっという間に全て取り込み、頷いた。
「そうかも」
「小説、中々上手くいかない感じだね」
陽菜乃は小学生の級友で、夢見る時代の私を知っている。彼女との共通点も小説で、その頃から私を応援してくれていた。
作家になったら結婚しようなんて誓い、実現させたはいいがこれだ。捨てられると怯えていたが、陽菜乃は見放しすらしなかった。
私は、そんな陽菜乃を心から愛している。だから、彼女の為に再び夢を叶えたい。
「うん。色々頭ん中にネタは出てくるんだけどさ、これだ!って感じになってくれないんだよなぁ……」
脳内では、常に多数の並行世界を展開させていた。人気要素や流行を引き込みつつ、オリジナリティを併せ、展開には心地よさを。そんな基盤を神の如く掲げて。
ただ、どうしても美しい世界は練りあがらなかった。理想が折られ続け、焦燥すらするほどに。
「そっかぁ、やっぱ大変なんだね」
「まぁ、でも頑張るよ。陽菜乃ばかりに無理させられないからね」
「無理してないのにー」
馴染みすぎたやり取りに、陽菜乃は無邪気な笑みを讃える。私も同じ振りをして、苦さを飲み込んだ。
さすがに五年は、長すぎる。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる