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最終話
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刻んだ記憶を辿るほどに、心までもが流れ込んできた。
拙い文章でも良かった。ただ楽しかった。心のままに世界を紡げて、矛盾点も味の一つで。気取った奴なら馬鹿にするようなそれを、読んで喜んでくれる人がいて。エンディングの続きや裏話で盛り上がって。
でも段々目的ができて。現実と向き合いはじめて。楽しさに辛さが混ざりだして。それでも書くことが好きで。大好きで。続けたくて。
夢を掴んだと思ったら、また打ちのめされて。戦って。そう言えば、その頃から段々見せなくもなったっけ。一度拒絶してからは、陽菜乃から求めてくることも減って。そうこうして、一体何年になるだろうか。
もしかして、陽菜乃はずっと待ってくれていたりするのだろうか。
「ねぇ聖くん、小説書くの辛い?」
ページを捲る手が止まる。視線を飛ばすと、陽菜乃は私を直視していた。
「……そうだな」
「嫌いになった? もう書きたくない?」
「……ううん」
純粋さまで流れ込んだのかもしれない。嘘を繕う必要を、今は一切感じなかった。枷に縛られていた真心も、不思議と解放されている。自分でも理解しきれなかった心が、喉を伝い零れていた。
「それは違う。私は書くことが好きだし、続けたいとは思う。もう一度作家に戻りたい気持ちもある。けど、世間と能力が私を許さないから……それに、これ以上陽菜乃に迷惑をかけたくない」
陽菜乃は、私の発言と真逆の顔をする。それから、穏やかな声を紡ぎだした。
「私、迷惑だと思ったことないよ。聖くんが頑張ってるの好きだし。でも辛いのなら、もう一度だけ書いてみてよ。次は聖くんの好きなようにさ。世間様の為じゃなくて自分の為だけに。この小説たちみたいに。それが終わったら、二人でちゃんと今後のことを決めよう。私がそうしてみてほしい」
言葉が、微笑みが、私を擽る。心を走らせる。
ニーズも関係ない。文章力も構成も関係ない。指先が紡ぐままに物語を描く。そんな風に描けたなら、きっと濁った瞳は透き通る。その目で未来を見られたなら、続きでも終わりでも、きっと受け止められるだろう。
それに、陽菜乃が求めるのなら、私に拒否する理由はない。
「…………それもいいかもしれないな」
「よし、じゃあ今日はそろそろ寝て、明日に備えますか! バイト休みだったよね?」
時計に導かれた瞳が、二十三時七分を捉える。運よく明日は一日フリーだ。充分な時間が確保できる。陽菜乃の言う通り、休息の後に取り組んだ方が効率はいいだろう。
だが、心が寝かせてくれそうになかった。
「……いや、今から書く」
「おっ」
「明日じゃなくて、今日から書きはじめたい!」
まだ、文章の一つすら咲かない。世界の欠片さえ見当たらない。
それでも書きたいと疼いている。誰の為でもない、私の為の物語を。
***
陽菜乃は空気を読んでか、就寝の挨拶をし出ていった。いつもの動作を少し足早に済ませ、文書の新規ページを開く。
全身が高揚している。こんな感覚が生きているとは思わなかった。未だ世界は芽吹かなかったが、その焦りさえ心地よかった。
私は今、何が書きたいだろう。今、私が好きなものはなんだろう。
どんな気持ちが、世界が、溢れたいと訴えているだろうか。私が物語に込めたいものはーー。
「捗ってる?」
突如、扉が空いた。足音のない登場に肩が跳ねる。ロックオンした時計は、深夜二時半を指していた。
「まだ……。えっと、今夜中だよ?」
「喉乾いちゃって。で、聖くんはお腹が空いてくる頃じゃないかな、と」
その手には握り飯がある。いつもの形が違う握り飯だ。右側の丸形はチーズおかかで、左の三角はツナマヨ。どちらも私の好きな味である。
ふと、懐かしいを逸話を思い出した。形の違いについての話だ。
"何で形が違うかって? 手触りで判断できるようにだよ。これで書きながら食べれるでしょ"
そんな風に笑ったあの時の顔が、今目の前にある。
「あのさ、面白くないかもしれないけどさ、完成したらまた読んでくれる?」
快い緊張感に、心臓が高鳴った。頭の中に物語が咲き始める。
「もちろん! すっごい楽しみにしてる! じゃあ邪魔しちゃ悪いから部屋に戻るね! 執筆楽しんで!」
「うん」
私以上に嬉しそうな陽菜乃が、彼女が愛しい。その笑顔が、背中が、言葉が、行動が、全てが愛しい。
温度を含めた握り飯を頬張る。優しい味は、身に染みて幸福を味わわせた。
そうか、私が書きたいのは、世間でも自分の為でもなくてーー。
指先が、最初の一文をタイピングする。頭ではなく、心が書いた文章だ。
恐らく世間には受けない。お蔵入りが増えるだけかもしれない。けれど、必ず陽菜乃は笑ってくれる。それから私も幸福になる。
今から紡ぐのは、そんな物語だ。
ーーこれは、君だけに捧げる、君の為だけの物語。
拙い文章でも良かった。ただ楽しかった。心のままに世界を紡げて、矛盾点も味の一つで。気取った奴なら馬鹿にするようなそれを、読んで喜んでくれる人がいて。エンディングの続きや裏話で盛り上がって。
でも段々目的ができて。現実と向き合いはじめて。楽しさに辛さが混ざりだして。それでも書くことが好きで。大好きで。続けたくて。
夢を掴んだと思ったら、また打ちのめされて。戦って。そう言えば、その頃から段々見せなくもなったっけ。一度拒絶してからは、陽菜乃から求めてくることも減って。そうこうして、一体何年になるだろうか。
もしかして、陽菜乃はずっと待ってくれていたりするのだろうか。
「ねぇ聖くん、小説書くの辛い?」
ページを捲る手が止まる。視線を飛ばすと、陽菜乃は私を直視していた。
「……そうだな」
「嫌いになった? もう書きたくない?」
「……ううん」
純粋さまで流れ込んだのかもしれない。嘘を繕う必要を、今は一切感じなかった。枷に縛られていた真心も、不思議と解放されている。自分でも理解しきれなかった心が、喉を伝い零れていた。
「それは違う。私は書くことが好きだし、続けたいとは思う。もう一度作家に戻りたい気持ちもある。けど、世間と能力が私を許さないから……それに、これ以上陽菜乃に迷惑をかけたくない」
陽菜乃は、私の発言と真逆の顔をする。それから、穏やかな声を紡ぎだした。
「私、迷惑だと思ったことないよ。聖くんが頑張ってるの好きだし。でも辛いのなら、もう一度だけ書いてみてよ。次は聖くんの好きなようにさ。世間様の為じゃなくて自分の為だけに。この小説たちみたいに。それが終わったら、二人でちゃんと今後のことを決めよう。私がそうしてみてほしい」
言葉が、微笑みが、私を擽る。心を走らせる。
ニーズも関係ない。文章力も構成も関係ない。指先が紡ぐままに物語を描く。そんな風に描けたなら、きっと濁った瞳は透き通る。その目で未来を見られたなら、続きでも終わりでも、きっと受け止められるだろう。
それに、陽菜乃が求めるのなら、私に拒否する理由はない。
「…………それもいいかもしれないな」
「よし、じゃあ今日はそろそろ寝て、明日に備えますか! バイト休みだったよね?」
時計に導かれた瞳が、二十三時七分を捉える。運よく明日は一日フリーだ。充分な時間が確保できる。陽菜乃の言う通り、休息の後に取り組んだ方が効率はいいだろう。
だが、心が寝かせてくれそうになかった。
「……いや、今から書く」
「おっ」
「明日じゃなくて、今日から書きはじめたい!」
まだ、文章の一つすら咲かない。世界の欠片さえ見当たらない。
それでも書きたいと疼いている。誰の為でもない、私の為の物語を。
***
陽菜乃は空気を読んでか、就寝の挨拶をし出ていった。いつもの動作を少し足早に済ませ、文書の新規ページを開く。
全身が高揚している。こんな感覚が生きているとは思わなかった。未だ世界は芽吹かなかったが、その焦りさえ心地よかった。
私は今、何が書きたいだろう。今、私が好きなものはなんだろう。
どんな気持ちが、世界が、溢れたいと訴えているだろうか。私が物語に込めたいものはーー。
「捗ってる?」
突如、扉が空いた。足音のない登場に肩が跳ねる。ロックオンした時計は、深夜二時半を指していた。
「まだ……。えっと、今夜中だよ?」
「喉乾いちゃって。で、聖くんはお腹が空いてくる頃じゃないかな、と」
その手には握り飯がある。いつもの形が違う握り飯だ。右側の丸形はチーズおかかで、左の三角はツナマヨ。どちらも私の好きな味である。
ふと、懐かしいを逸話を思い出した。形の違いについての話だ。
"何で形が違うかって? 手触りで判断できるようにだよ。これで書きながら食べれるでしょ"
そんな風に笑ったあの時の顔が、今目の前にある。
「あのさ、面白くないかもしれないけどさ、完成したらまた読んでくれる?」
快い緊張感に、心臓が高鳴った。頭の中に物語が咲き始める。
「もちろん! すっごい楽しみにしてる! じゃあ邪魔しちゃ悪いから部屋に戻るね! 執筆楽しんで!」
「うん」
私以上に嬉しそうな陽菜乃が、彼女が愛しい。その笑顔が、背中が、言葉が、行動が、全てが愛しい。
温度を含めた握り飯を頬張る。優しい味は、身に染みて幸福を味わわせた。
そうか、私が書きたいのは、世間でも自分の為でもなくてーー。
指先が、最初の一文をタイピングする。頭ではなく、心が書いた文章だ。
恐らく世間には受けない。お蔵入りが増えるだけかもしれない。けれど、必ず陽菜乃は笑ってくれる。それから私も幸福になる。
今から紡ぐのは、そんな物語だ。
ーーこれは、君だけに捧げる、君の為だけの物語。
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