私が死んだ日

有箱

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 戦争が日常を奪うのは早かった。いや、日常だけじゃない。喜怒哀楽の感情も、全てを奪っていった。
 最後まで残った憎悪や疑問も、殺されるのに時間は掛からなかった。
 
「……私、もう家に帰りたい……」

 ぽつり、溢された弱音が耳に灯る。寝返りで顔を向けると、頬に光沢が見えた。隣にいるのは、共に戦禍を抜けてきた戦友である。とは言え、彼女のことは名前一つ知らない。

 現在、私たちは寝室と言う名の固い部屋に詰められている。もちろん癒しなどはなく、体の痛みで数時間前に目覚めていた。無論、不眠は痛みのせいだけではない。

「そういうの言わない方がいいよ。て言うか私語禁止」

 敢えて厳しく忠告する。味方であろうと、危険因子は排除対象だ。発言が命を奪うシーンを、見てきたのは同じはずなのに。

「でも辛いの。ただ家族とか友達と仲良く楽しく過ごしたかっただけなのに。戦うの怖いし帰りたい……」
「私もう喋らないからね」

 突き放して、再び寝返りで背く。相当堪えているのか、彼女は嗚咽を鳴らしだした。見つかったらどうなることかーー頭が経過を導き、鋭い痛みが胸を指す。だが、一々引っ掛かってはやりきれない、と痛みを殺した。さすがに、共感による痞えまでは消せなかったが。

 許されるのなら、私だって今すぐ駆け出して帰りたい。お母さんと弟にぎゅっと挟まれたい。でも、今は夢でしか無理だから。
 私は、その時まで私を砕き続けるのだ。
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