可哀想なわたくしが、世界でいちばん可愛いのです!

希猫 ゆうみ

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ブロムダール侯爵家から寄せられるこの世の終わりかのような謝罪を止めさせるべく、私は祝宴の開催を決めた。

「うん。今日もフレデリカダケのムースが美味しい」
「……ヴィル。私を茸にするのはやめて」
「ふふふ。すまなかった。つい忘れてしまうんだ。幸せでね」

ヴィルヘルム殿下の体調は著しく回復した。
ファルク一族からも寛解のお墨付きを得ている。
この喜ぶべき奇跡を祝う宴を開くとして、いつにするかという熟慮を重ねていた。

「相手をするから癖になっているのです」

調合や看護の手間が格段に減ったことで、ファルクは最近、編物を嗜む日々を謳歌している。私たち一家の防寒具をせっせと編んでくれているので、それはとても嬉しい。
特に今は。

「確かに。フレデリカ様は滅多に怒らないですからね」

アマンダが私の背骨辺りを擦りながら軽やかに笑った。

「茸呼ばわりして、ぷんっとしたりムッとしたりするのを喜んでいるんですよ」

罵倒とは言えず、どちらかと言えば称賛に値するフレデリカダケという単語について、私自身、心を擽られるのは否めない。
とはいえ、食事の度に連呼されると微妙な心境にもなってくるというもの。

「ヴィル。お元気で何より」
「君に救われしこの命、君の他に捧げる相手はこの世にあらじ」

古書の文面を真似られてしまうと、私もつい、笑みを浮かべてしまう。
実際、癖がなく程よくクリーミーなキノコのムースは芳醇なチーズと似ているところもあり、美味しかった。

「軽口はおよしになって。もうあなただけの命ではないのだから」
「君はいつも、男の台詞を華麗に奪うね」
「マダム・トーシュですから」
「そんなところも好きだよ。愛してる。ああ、愛してる。幸せだなぁ」
「なので、私の体の自由が利くうちに、〝ヴィルヘルム殿下寛解〟の祝宴を開いて、そこで懐妊の発表もしようと思います」
「うん。そうしよう」

そこでファルクがとても長い溜息をついた。
骨ばった大きな手で細い編み針を操り、純白の兎毛でおくるみを編みながら、彼も共に幸せを噛み締めているのだ。
まさかファルクが目尻を下げて微笑み続ける時間が訪れるとは、私とて想像もしていなかった。

「トーシュ公爵家は今日も平和ですね」

アマンダがお茶を注いでくれる。
ヴィルヘルム殿下の寛解に伴い、煎じ薬も味が改良され、だいぶ飲み易くなっていた。これによって悪阻がかなり軽減されるのには、正直驚いている。

どんな吐気にも効くなんて。
人生は如何様にもよくしていける良い例だ。諦めてはいけない。

「そう。平和なトーシュ公爵家は寛容なの。祝宴にはブロムダール侯爵家も招待しましょう」

ファルクの針が止まる。
逆にアマンダは喜んだ。

「では、せっかくなのでオペラでお祝いしましょう!」
「ええ。ヘルゲを呼びましょうね」
「やった……!ありがとうございます、フレデリカ様……!」

ファルクが針のように鋭い視線をヴィルヘルム殿下と交わし、静かに編物を再開する。

「君の古いお友達はどうしても招きに応じられないと嘆くのではないかな」

ヴィルヘルム殿下が回りくどく言った。
勿論、私も承知している。

「ええ。拗ねて酒に溺れたは、二度とお部屋を出たがらないと思うわ」

人生にはいろいろな出来事が起こる。
昔のことは過ぎたことであり、どうしようもない残念な出来事は受け流すのも処世術だ。

「ブロムダール侯爵家が言われもない汚名で苦しむのは私の望むところではありません」
「君の決めたことに従うよ。私のマダム・トーシュは、いつも正しい」

ヴィルヘルム殿下が微笑んだ。
私はその甘い微笑みに微笑みを返し、彼の口元をそっと拭いた。二度と苦しみに濡れることのないその場所を、指先で撫でる。私たちのキスの一つ。
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