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45(ドロテア)
シモンに赦され、ユリウスのお墓参りができた。
私は本当に酷い母親だ。一人目の息子を棄てて逃げたくせに、その息子本人に縋る為、今度は二人目の息子を棄てようとした。
本当に自分勝手で、浅はかで、愚かな女。それが私という人間だった。
アベルはあの男の血を引いている。
だから、もうお別れだと心を決めた。
それなのに、彼が私に交渉を持ち掛けてきた瞬間、心が張り裂けた。
愛するアベル。
可愛い、私の坊や。
失うなんて、耐えられない。
みんな死んでしまったと思っていた。
私を愛してくれた人たちは、両親も、兄も、夫も、みんな。
でも違った。
愛は、ずっと傍にあった。私の中にも。
クルーム侯爵はアベルを支配することしか考えていない。父が兄を愛したようにも、夫が息子を愛したようにも、クルーム侯爵は振舞わなかった。
あの男に、息子は渡さない。きっとそれが正しい。
私には何の力もない。
カールフェルト伯爵家を巻き込むのは少し不安だったけれど、私には、頼れる人がいる。私と同じく、アベルを愛する女性。アベルの姉である、フレデリカが。
私はどうなってもいい。
死んだも同然。それが正しい。
けれどアベルには、彼の人生を豊かに彩り、幸せに生きる権利がある。
きっとわかってくれる。
自分の犯した罪の深さに恐れを抱きはするものの、ユリウスを亡くした悼みと比べれば些末なことだった。
最大の問題は、息子シモンが私を赦してくれるかということ。
手酷く追い返されるかもしれなかった。私は、縋り付いて懇願する覚悟だった。
死ぬ前に、もう一度だけ。一度でいいから、ユリウスの傍で、彼を感じたい。彼の妻であった私に戻りたい。
その願いは、寛大に叶えられた。
シモンは一言も私を責めず、むしろ歓迎し、労わってくれさえした。
使用人たちの視線は痛いけれど、彼ら彼女らには私を責め罵る権利があるのだ。私は全て受け入れる覚悟でここへ来た。もっとも卑しい者として、使われる覚悟で。
でも、そうはならなかった。
あの頃のまま、綺麗に維持された寝室。
ユリウスの服もそのままで、まるで時が止まったようだった。
ユリウスが愛用した文鎮。
ユリウスが愛用した双眼鏡と、お気に入りの手袋。
ユリウスが大切にしてくれた、私の絵。
全て、あの頃のまま。
「ユリウス……!」
あなたが死んだ時、私は未亡人になった。
死を待つ女に。
あなたのいない世界が、耐えられなかった。
だから生きようとした。生きていく為に、違う自分になろうとした。
間違っていた。
「ごめんなさい……ユリウス……っ!」
他の男の妻になった。
どうして、自分で汚してしまったのだろう。
ユリウスの妻として、ここで朽ちていけば、それが私の幸せな人生だったはずなのに。
泣いて許しを請うても、ユリウスはどんな言葉も返してくれない。
でも、わかっている。彼は私を責めないし、憎んでもいない。怒ってもいない。
ただ、おかえりと、私を抱擁している。
泣き虫と優しく言って、笑っている。
知っている。
「ユリウス……!」
会いたい。
あなたに、会いたい。
だから、もう逃げないことにしたの。
あなたに会えるその日を、待つの。
あなたのドロテアだから。
「……いつか……夜明けを、と……願う日は……終わ……り……」
あなたが愛した、太陽王の歌を、口ずさむ。
涙が止まらない。喉が震えて、上手に歌えない。
だけど。
あなたが生きた場所に、戻ってこれた。
もうあなたがいないこの場所でだけ、あなたと生きていける。
私の太陽は死んだ。
永遠の夜は、悲しみの色。
心は、砕け散ってしまった。
もう戻らない。幸せな日々は、二度と、訪れない。
けれど、この悲しみの底にあなたがいる。
愛しているあなたと、愛された私と、あなたへの愛は、ここに。
もうどこへも行かない。
悲しみも、絶望も、あなたを愛したから。あなたに愛されたから。
だから今、私は癒されているのだ。
寂しい。
けれど、いつか、必ず、あなたはもう一度、私の名前を呼んでくれる。
その声を、ただ待つ為に生きる。
決してぬくもりを感じることは叶わないけれど、それでも、ユリウスが生きていた頃のまま保たれた部屋は完璧だった。完璧な、世界。
「ユリウス」
あなたに会えて、よかった。
幸せよ。
私は本当に酷い母親だ。一人目の息子を棄てて逃げたくせに、その息子本人に縋る為、今度は二人目の息子を棄てようとした。
本当に自分勝手で、浅はかで、愚かな女。それが私という人間だった。
アベルはあの男の血を引いている。
だから、もうお別れだと心を決めた。
それなのに、彼が私に交渉を持ち掛けてきた瞬間、心が張り裂けた。
愛するアベル。
可愛い、私の坊や。
失うなんて、耐えられない。
みんな死んでしまったと思っていた。
私を愛してくれた人たちは、両親も、兄も、夫も、みんな。
でも違った。
愛は、ずっと傍にあった。私の中にも。
クルーム侯爵はアベルを支配することしか考えていない。父が兄を愛したようにも、夫が息子を愛したようにも、クルーム侯爵は振舞わなかった。
あの男に、息子は渡さない。きっとそれが正しい。
私には何の力もない。
カールフェルト伯爵家を巻き込むのは少し不安だったけれど、私には、頼れる人がいる。私と同じく、アベルを愛する女性。アベルの姉である、フレデリカが。
私はどうなってもいい。
死んだも同然。それが正しい。
けれどアベルには、彼の人生を豊かに彩り、幸せに生きる権利がある。
きっとわかってくれる。
自分の犯した罪の深さに恐れを抱きはするものの、ユリウスを亡くした悼みと比べれば些末なことだった。
最大の問題は、息子シモンが私を赦してくれるかということ。
手酷く追い返されるかもしれなかった。私は、縋り付いて懇願する覚悟だった。
死ぬ前に、もう一度だけ。一度でいいから、ユリウスの傍で、彼を感じたい。彼の妻であった私に戻りたい。
その願いは、寛大に叶えられた。
シモンは一言も私を責めず、むしろ歓迎し、労わってくれさえした。
使用人たちの視線は痛いけれど、彼ら彼女らには私を責め罵る権利があるのだ。私は全て受け入れる覚悟でここへ来た。もっとも卑しい者として、使われる覚悟で。
でも、そうはならなかった。
あの頃のまま、綺麗に維持された寝室。
ユリウスの服もそのままで、まるで時が止まったようだった。
ユリウスが愛用した文鎮。
ユリウスが愛用した双眼鏡と、お気に入りの手袋。
ユリウスが大切にしてくれた、私の絵。
全て、あの頃のまま。
「ユリウス……!」
あなたが死んだ時、私は未亡人になった。
死を待つ女に。
あなたのいない世界が、耐えられなかった。
だから生きようとした。生きていく為に、違う自分になろうとした。
間違っていた。
「ごめんなさい……ユリウス……っ!」
他の男の妻になった。
どうして、自分で汚してしまったのだろう。
ユリウスの妻として、ここで朽ちていけば、それが私の幸せな人生だったはずなのに。
泣いて許しを請うても、ユリウスはどんな言葉も返してくれない。
でも、わかっている。彼は私を責めないし、憎んでもいない。怒ってもいない。
ただ、おかえりと、私を抱擁している。
泣き虫と優しく言って、笑っている。
知っている。
「ユリウス……!」
会いたい。
あなたに、会いたい。
だから、もう逃げないことにしたの。
あなたに会えるその日を、待つの。
あなたのドロテアだから。
「……いつか……夜明けを、と……願う日は……終わ……り……」
あなたが愛した、太陽王の歌を、口ずさむ。
涙が止まらない。喉が震えて、上手に歌えない。
だけど。
あなたが生きた場所に、戻ってこれた。
もうあなたがいないこの場所でだけ、あなたと生きていける。
私の太陽は死んだ。
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心は、砕け散ってしまった。
もう戻らない。幸せな日々は、二度と、訪れない。
けれど、この悲しみの底にあなたがいる。
愛しているあなたと、愛された私と、あなたへの愛は、ここに。
もうどこへも行かない。
悲しみも、絶望も、あなたを愛したから。あなたに愛されたから。
だから今、私は癒されているのだ。
寂しい。
けれど、いつか、必ず、あなたはもう一度、私の名前を呼んでくれる。
その声を、ただ待つ為に生きる。
決してぬくもりを感じることは叶わないけれど、それでも、ユリウスが生きていた頃のまま保たれた部屋は完璧だった。完璧な、世界。
「ユリウス」
あなたに会えて、よかった。
幸せよ。
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