婚約者様にお子様ができてから、私は……

希猫 ゆうみ

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ヴィクターは仰のいて笑った。
それからスカーレイに戻した碧い瞳には気品と共に獰猛な獣性が現れていた。

「セシア伯爵家の令嬢はベケイア伯爵家の結婚に意見できるほど偉いのか?」
「……!」

理性ではヴィクターがスカーレイに危害を加えるなどあり得ないとわかっている。併し私は本能的にスカーレイを庇おうと睨み合う二人に駆け寄っていた。
そしてスカーレイの腕を掴んだ。

「スカーレイ様、ありがとうございます。私はヴィクター様の御考えを尊重して結婚いたします。私は幸せです」

続いてヴィクターの足元に跪く。

「ヴィクター様、御許しください。スカーレイ様の慈悲深いお心が、私には贅沢な扱いを望んでくださったに過ぎません。どうかお怒りはこのルビーにお向けください。お願いいたします」

床に額を擦りつける私には二人の表情など当然見えないが、重い沈黙が覆い被さっているのは皮膚で感じられる。

ヴィクターに委ねられていた。
併しヴィクターは声を発さなかった。

だから私は跪き続けた。

「お願いいたします……!」

やがてヴィクターが片膝をつき、私の肩を大きな掌で掴んだ。

「気にするな。ルビー」
「……ありがとうございます……!」

私は声を絞り出した。

申し訳なくて胸が痛い。
スカーレイの名誉を私が不注意で汚してしまったかもしれないと思うと、このまま消えてなくなりたくなる。

いっそ、ヴィクターが怒ってくれたらよかった。
私を卑しい告げ口の罪で打ってくれたら、よかったのに……

どう詫びたらいいか、わからない。

「……っ」

傍に佇むスカーレイの気配に胸が張り裂けそうになり、涙が込み上げる。

「この子に、ここまでさせて……あなたの愛は随分とお偉いのですね」

スカーレイの声が震えている。
私を庇ったせいで屈辱を味わってしまったのだとしたら、私は死んでお詫びしなければならない。スカーレイが今日までしてくれた全ての恩に対して、私は仇で返してしまったのだ。

消えてなくなりたい……

「ルビー、立つんだ。誰も責めていない。謝る必要なんてないんだよ」

ヴィクターが優しく命じる。
私はヴィクターに支えられながら身を起こし、俯いたまま立ち上がった。

その瞬間、スカーレイがヴィクターの手を強引に引き剥がし私を庇うようにそっと抱いた。

「……!」

まだ、優しくしてくれる。
スカーレイのあたたかさに私はついに涙を流した。スカーレイは私の頭を撫で、肩口に顔を伏せさせるように力を込める。

スカーレイの美しい肩に〝罪の子〟である私の涙が垂れてしまう。

「……っ」

居た堪れなくて、涙が止まらない。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。

私さえいなければ……

「ああ、なるほど」

ヴィクターが揶揄するような声で呟き、続けて信じられないような暴言を吐く。

「婚期を逃しそうな我が身を嘆くに嘆けず、妹分のルビーに先を越されるのも実は耐え難い屈辱だったわけですね。
「!?」

さすがに耳を疑った。そしてすぐ、怒りを覚えた。ヴィクターに対して敵意を抱いたのはこれが初めてだった。

スカーレイの腕の中で、私は、ヴィクターを凝視した。
ヴィクターは卑しい悪辣な表情でスカーレイを詰る。

「情けない。それでも誉れ高いセシア伯爵家の令嬢か?宮仕えに没頭し求婚を断り続けたのは君じゃないか。自業自得だ。今更、姉か女神かと慕ってくれるルビーを蹴落として俺に結婚を迫ろうって魂胆か?」

酷い。
あまりに酷すぎる。

スカーレイを侮辱したヴィクターが自分の婚約者だということを、この瞬間、私は完全に忘れ去った。

「何も言い返さないのは肯定と受け取れるが?」
「場を和ませたいのなら、もう少し面白い御冗談を仰って頂かないと」
「例えば?見本を見せてくれよ先生」
「私が望めば明日にでも結婚できます」
「はっはっは。なるほど。さすが先生。ああ、面白い」

険悪な応酬に挟まれながら、私はヴィクターに対する印象をかつての状態に戻せないところまできていると理解し、彼が子持ちの婚約者だと思い出した。

「……」

ああ、そうだったのか。

こんな人だから〝罪の子〟である私を妻に選ぶのだ。
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