婚約者様にお子様ができてから、私は……

希猫 ゆうみ

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12(ジェイド)

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「美しい女だったか?」

総帥は口角を上げて意外な一言を投げてくる。
私の答えなど一つしかない。

「はい」
「そうか」

吐息を洩らすように、微かな声さえ惜しむように総帥は呟いた。
目尻の皴が目立ち始めた屈強な中年男は、国軍を率いる総帥として見れば若い。併し既に千年の時を生きた魔獣のようにその威厳は陰を纏い、血と鉄の臭いがこびり付いている。

個人的な繋がりなどない。
それなのに私を指名したのには理由があるはずだった。

アスガルド王国建国の英雄である男は、結婚もせず、ハレムにも立ち入らず、只ひたすらに戦を待ち侘びている。狩の合間に微睡む獅子のように、牙を剥く時を待ち焦がれているかのように……

無骨な軍人と評するには翳りを帯びすぎている。

その総帥が女性の容貌について発言したことは、私にとって大きな驚きだった。

併し、誰について問われたのかは不明だ。
セシア伯爵令嬢のことを指しているのか、もう一人の姫の家庭教師か……ともすれば幼いフローラ姫のことでさえあるかもしれない。

「お前を見て、どう反応した?」
「……」

反応と言われれば強烈だった順に答えることは可能だ。

「まるで汚物を見るような目をしておられました」
「そうか。〝罪の子〟は匿えるのに、不義の子は嫌いか」

どうやらセシア伯爵令嬢について問われたらしい。
そうだとしても、私と女性の話をしたいわけではないだろう。

「はい。セシア伯爵令嬢は結婚より先に養子を取った件についてストール卿を擁護する意思はないようです」
「お前にそう言ったのか?」
「いいえ。フローラ姫が激怒しておられたのを咎めなかったので、気持ちの上では同意しているように見受けられました」
「姫は何と言っている?」
「ストール卿を捕え鞭打ちの刑に処せ、と」
「く……はは……っ」

総帥が低く喉を鳴らして笑う。

「傑作だ。父親が滅ぼした国の生きた宝石を無邪気に愛でているのか」
「……」

厳密にはレイクシアの国王を殺害したのは総帥自身だ。その手柄を誇示しない姿勢をアスガルド国王は謙虚さと受け取り喜んでいるようだが、総帥の冷めた目を見ればただ興味がないだけだとわかる。

アスガルド王国の国軍であるはずなのに、我々はどこか冷めている。

神の名の下に多くの血を流した戦いを〝浄化〟と呼び、勝利を〝奇跡〟と讃える。反乱軍として集結し、自由と博愛を説くアスガルド教団を旗印にレイクシア王国を滅ぼした兵士たちを〝神の与えし戦士〟と取り立て、現在は国軍として抱え重宝している。
自らは戦わなかった博愛主義者たちは、改宗しなかったレイクシアの民を迫害し、捕らえ、奴隷にまで貶めた。

欺瞞と陶酔。
混乱と繁栄。

私は戦火の中で生まれ、絶えず変わり続ける景色を見ながら蔑まれつつ育った。
不義の子として蔑まれながら、軍功を上げた騎兵の孫息子として容認されてきた。

こんな不確かな世界で満足ならば、それはどんな杜撰な神かと呆れずにはいられない。
いくら自由と博愛を唱えようと、現実は、勝者が美酒に酔い酩酊しているに過ぎないではないか。

国軍には私のような無神論者が少なくない。

「八才か……せいぜいあと四年、聡ければもう二年は早く国政を理解し始めるだろう。未だ王子は生まれず、姫は気性が荒い。殺すなら今の内。そうは思わないか?」
「……それは、どういう……」

返答に窮する私を総帥は咎めもせず口角の笑みを更に深めた。

「セシア伯爵が王家の信頼を得ているのは、真っ先に改宗し、アスガルド教団に有利な情報を流した内通者だったからだ。ベケイア伯爵家も追従した。上手く王家に取入った。その子どもたちが幼い姫に張り付き、〝罪の子〟を庇護している。怪しい。私がその立場なら姫を殺す」
「総帥……」

総帥は有力貴族がアスガルド王国の王位継承者暗殺を画策していると疑っているようだ。

公式な表明ではない。
それを洩らすということが、私を選んだ理由だったのか。

「ベケイア伯爵家の息子が何処からともなく養子を取ったのは、それが旧王家の末裔だからだ。奴らは教団に寝返るふりをして王家の血族を匿い、新たな神の誕生を待っていたのだろう。神と信じる赤ん坊に国の復活を託し、ある者は死に、ある者は改宗した。生贄を捧げる連中の考えそうなことだ」

総帥は笑みを潜めると身を乗り出し鋭い視線で私を射抜く。

「セランデル中尉。お前に極秘任務を与える。ヴィクター・ストールの引き取った赤子をさらい、殺せ」
「……」

その瞬間、私の脳裏に浮かんだのは、あの頼りない微笑みだった。

スノウと呼ばれ子飼いにされている〝罪の子〟。
レイクシア復活の野望が潰えた時、彼女はどうなるのか。

「セランデル」

私の気が逸れているのを総帥は見逃さなかった。

「は、はい」

私は取り繕った。そうするしかなかった。
総帥が私を密偵に選んだのは信頼の証ではない。幾らでも替えが利く。責務を全うできなければ待つのは只、死のみ。

「惑わされるな。神などいない」
「……」

それは励ましにも似ていた。
世界は無情であるという信念だけが、確かに、私たちを繋いでいる。

或いはそれを見抜いたからこそ、縁も所縁もない私を選んだのかもしれなかった。

「はい」

私は再び答えた。
跪き忠誠を示す。やるべきことは理解した。わかっている。

「……」

それでも、あの紅い瞳がちらついて、私を離さない……
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