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22(フローラ)
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「あの二人、絶対なにかあったわね」
「でしょうねぇ」
朝起きると腑抜け中尉のセランデルは姿を消していた。
自分の邸宅を私に貸し渡すその謙虚さは評価できる。小さいながらも趣味のいい家具と調度品で整えられたこの家を私は気に入っている。
何より!
スノウと一日中遊べる点において、此処はこの世の楽園である!
スカーレイ……
どうかお元気で。
「元々お綺麗ですけど、今朝のスノウさんはとびっきり美人というか、別種族に片足突っ込んだ異様な感じですよ。あんな人がいるんですねぇ。ぼーっとしているようでうっとりしつつ上機嫌。恋ですね」
パウラが私の言いたいことを全部呟いてくれる。
軍人としては腑抜けな軟弱者にしか見えないセランデルだが、従順で優しく上品なあの男には見所がある。
「あとはヴィクター・ストールが消えてくれたら、完っ璧」
私は拳を握りしめた。
私がせめてあと四才か五才育っていれば、愛情深い仲良しのパウラだけでなく衛兵の一人くらい動かせるだろうに……悔しい。
「セランデルさんは善い男ですよ。お利巧で優しい猟犬って感じ」
「やるときはやるのかしら。スノウを貰ってくれるなら、軍人なんかやってないで落ち着いて長生きしてほしいもんだわ」
「でも姫様。男が生き方を変えるのは難しいものですよ」
「最悪、私が養ってもいい」
だって姫だもの。
「ええっ!?」
パウラが慄いた。
「姫様がお飼いになるんですか!?それはどうなんでしょう。大の男が……」
「寝惚けてるの?私が王位継承権を振りかざしてセランデルに爵位をあげるって意味よ」
「ああ、なるほど。それはいいですね」
これは真剣に考える必要がある。
というより価値がある。
優しくて可愛い私のスノウに、優しくて品のいいセランデル。
二人がくっついてくれたら一生傍に置いていい暮らしをさせる。私の豊かな人生の為に。
「ストールどこかで死なないかしら。赤ん坊なら実父も養父も覚えてないでしょ。あと何軒か渡り歩いても変わらないわよ。第一、女の敵に男の子を育てさせたら屑になる」
「わかりますけど、姫様はもう少し姫様らしく育ってくれてもいいかなって私は思いますよ」
「馬鹿言わないで!」
私はパウラの正面に足を踏ん張って立つと、真剣に思いを伝えた。
「アスガルドは建国二十年の赤ちゃん国家なの!強さこそ正義!大人しいお姫様なんてやってられないわ!」
「二十三年ですね」
「あんたいつからスカーレイになったの!?細かいとこつっこまないで!」
「はい。畏まりましたぁー……よいしょ」
太っているパウラが何故か気合いを入れて腰をあげる。
「?」
私は呆気に取られ全身の力を抜いた。
パウラはのそのそと窓際に歩いていくと、窓を開け、空を左右に見渡し、次いで道も左右に見渡している。
「何してるの?」
「一応、姫様は私の家で社会勉強していることになっていますからね。口裏を合わせておかなきゃいけませんから」
「……」
だからって、空も道も関係なくない?
「昨日、鳩を飛ばしておいたんですよ」
え?
「……冗談よね?」
「姫様?私だって騎士学校で教える夫と騎士になろうって息子二人がいる女ですよ?」
「だから?」
「鳩くらい飛ばします」
えええ?
「意外」
私は内心の動揺と驚愕を巧く隠して一言で済ませた。
一国の姫として威厳を損なうわけにはいかない。そんな時はスカーレイの真似をすればいいのだ。
「パウラ?鳩さんを待ってるの?」
「いえ。ルーカスを呼んだんです」
「えっ、ルーカス来るの!?」
私は歓喜し飛び跳ねた。
ルーカスはロヴネル家の長男で、今は少年騎士団に所属している。私の幼馴染ラーシュとは違って大人の男って感じが素敵。
実際、セランデルよりかっこいいし。
「ルーカス来るの?いつ来るの?本当?」
「嘘ついてどうします?」
「やったぁーッ!!」
拳を振り上げ天井を仰ぎ、すぐさまそんな私を封印する。
「こうしちゃいられないわ!すぐオシャレしなくちゃ!パウラ!」
「ええ?急な小旅行でたいしたものは持ってきてないですよぉ。軍人さんの家じゃ化粧道具なんてないでしょうし……」
「スノウ!スノウ!!」
私はぶくつさ言う女心ど忘れ女を置いて部屋を飛び出し、どこかで恋焦がれている超絶美人スノウを探し回った。
「スノウ!どこなの!?ちょうどいいからこの機会に私をスノウみたいな女にして!!」
「それは無理だよ」
「ひっ!」
階段の下に、笑顔のルーカスがいた。
「……っ」
ああっ、好きすぎる!!
「今のままが可愛いよ。お姫様」
「!」
私はキュンとしてその場で悶えた。
「……っ」
さようならスカーレイ。
もう帰って来ないで……!
私、ここでルーカスと暮らします。
「母さん?」
ルーカスがパウラを呼んだ。
久しぶりに聞いたルーカスの声。
この前聞いた時よりちょっと低くなってる!
素敵すぎる……!
「あれ?何処だろう。あの大きさで見えないはずないのに」
「……っ」
パウラが女心ど忘れお母さんで……
よかった……
「……るーかしゅ……」
「?うわっ!誰か来てください!フローラ姫が鼻血噴いてます!!」
ルーカスが急に大人びた言葉遣いで叫びながら私に駆け寄って来る。
ルーカスは騎士。
私は姫。
「……いいっ」
そこで私の意識は途切れた。
「でしょうねぇ」
朝起きると腑抜け中尉のセランデルは姿を消していた。
自分の邸宅を私に貸し渡すその謙虚さは評価できる。小さいながらも趣味のいい家具と調度品で整えられたこの家を私は気に入っている。
何より!
スノウと一日中遊べる点において、此処はこの世の楽園である!
スカーレイ……
どうかお元気で。
「元々お綺麗ですけど、今朝のスノウさんはとびっきり美人というか、別種族に片足突っ込んだ異様な感じですよ。あんな人がいるんですねぇ。ぼーっとしているようでうっとりしつつ上機嫌。恋ですね」
パウラが私の言いたいことを全部呟いてくれる。
軍人としては腑抜けな軟弱者にしか見えないセランデルだが、従順で優しく上品なあの男には見所がある。
「あとはヴィクター・ストールが消えてくれたら、完っ璧」
私は拳を握りしめた。
私がせめてあと四才か五才育っていれば、愛情深い仲良しのパウラだけでなく衛兵の一人くらい動かせるだろうに……悔しい。
「セランデルさんは善い男ですよ。お利巧で優しい猟犬って感じ」
「やるときはやるのかしら。スノウを貰ってくれるなら、軍人なんかやってないで落ち着いて長生きしてほしいもんだわ」
「でも姫様。男が生き方を変えるのは難しいものですよ」
「最悪、私が養ってもいい」
だって姫だもの。
「ええっ!?」
パウラが慄いた。
「姫様がお飼いになるんですか!?それはどうなんでしょう。大の男が……」
「寝惚けてるの?私が王位継承権を振りかざしてセランデルに爵位をあげるって意味よ」
「ああ、なるほど。それはいいですね」
これは真剣に考える必要がある。
というより価値がある。
優しくて可愛い私のスノウに、優しくて品のいいセランデル。
二人がくっついてくれたら一生傍に置いていい暮らしをさせる。私の豊かな人生の為に。
「ストールどこかで死なないかしら。赤ん坊なら実父も養父も覚えてないでしょ。あと何軒か渡り歩いても変わらないわよ。第一、女の敵に男の子を育てさせたら屑になる」
「わかりますけど、姫様はもう少し姫様らしく育ってくれてもいいかなって私は思いますよ」
「馬鹿言わないで!」
私はパウラの正面に足を踏ん張って立つと、真剣に思いを伝えた。
「アスガルドは建国二十年の赤ちゃん国家なの!強さこそ正義!大人しいお姫様なんてやってられないわ!」
「二十三年ですね」
「あんたいつからスカーレイになったの!?細かいとこつっこまないで!」
「はい。畏まりましたぁー……よいしょ」
太っているパウラが何故か気合いを入れて腰をあげる。
「?」
私は呆気に取られ全身の力を抜いた。
パウラはのそのそと窓際に歩いていくと、窓を開け、空を左右に見渡し、次いで道も左右に見渡している。
「何してるの?」
「一応、姫様は私の家で社会勉強していることになっていますからね。口裏を合わせておかなきゃいけませんから」
「……」
だからって、空も道も関係なくない?
「昨日、鳩を飛ばしておいたんですよ」
え?
「……冗談よね?」
「姫様?私だって騎士学校で教える夫と騎士になろうって息子二人がいる女ですよ?」
「だから?」
「鳩くらい飛ばします」
えええ?
「意外」
私は内心の動揺と驚愕を巧く隠して一言で済ませた。
一国の姫として威厳を損なうわけにはいかない。そんな時はスカーレイの真似をすればいいのだ。
「パウラ?鳩さんを待ってるの?」
「いえ。ルーカスを呼んだんです」
「えっ、ルーカス来るの!?」
私は歓喜し飛び跳ねた。
ルーカスはロヴネル家の長男で、今は少年騎士団に所属している。私の幼馴染ラーシュとは違って大人の男って感じが素敵。
実際、セランデルよりかっこいいし。
「ルーカス来るの?いつ来るの?本当?」
「嘘ついてどうします?」
「やったぁーッ!!」
拳を振り上げ天井を仰ぎ、すぐさまそんな私を封印する。
「こうしちゃいられないわ!すぐオシャレしなくちゃ!パウラ!」
「ええ?急な小旅行でたいしたものは持ってきてないですよぉ。軍人さんの家じゃ化粧道具なんてないでしょうし……」
「スノウ!スノウ!!」
私はぶくつさ言う女心ど忘れ女を置いて部屋を飛び出し、どこかで恋焦がれている超絶美人スノウを探し回った。
「スノウ!どこなの!?ちょうどいいからこの機会に私をスノウみたいな女にして!!」
「それは無理だよ」
「ひっ!」
階段の下に、笑顔のルーカスがいた。
「……っ」
ああっ、好きすぎる!!
「今のままが可愛いよ。お姫様」
「!」
私はキュンとしてその場で悶えた。
「……っ」
さようならスカーレイ。
もう帰って来ないで……!
私、ここでルーカスと暮らします。
「母さん?」
ルーカスがパウラを呼んだ。
久しぶりに聞いたルーカスの声。
この前聞いた時よりちょっと低くなってる!
素敵すぎる……!
「あれ?何処だろう。あの大きさで見えないはずないのに」
「……っ」
パウラが女心ど忘れお母さんで……
よかった……
「……るーかしゅ……」
「?うわっ!誰か来てください!フローラ姫が鼻血噴いてます!!」
ルーカスが急に大人びた言葉遣いで叫びながら私に駆け寄って来る。
ルーカスは騎士。
私は姫。
「……いいっ」
そこで私の意識は途切れた。
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