その悲劇、大嘘ですよね?元婚約者の私に慰めてもらえるとでも?

希猫 ゆうみ

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婚約破棄から十日とあけず、ヒューソン伯爵夫妻、ヒューソン伯爵令嬢ビビアン、そしてメイウェザー伯爵令息であり宮廷騎士師団長でもあるダルネル卿、四人揃っての訪問があった。

「クレイン伯爵並びにレディ・シンシア、この度は私どもの監督不行き届きによって多大な御迷惑をお掛けし、御無礼を働きましたこと、此処に深くお詫び申し上げます」

父と私で対応すると、ヒューソン伯爵は慇懃に深く頭を垂れた。
因みに挨拶の後、真っ先に慰謝料が提示されている。それを一旦脇に置いての会談となる。

私は、持ち場は違えど言わば母の同僚である宮廷騎士が直々に訪れた点で事の重大さを認識した。正確には、ヒューソン伯爵家がそれほど真剣にこの問題の対処に当たっているという覚悟を理解したのだ。
母は特別な許可を得なければ帰城できない。

ヒューソン伯爵がやはり真剣な表情で謝罪を重ねる。

「私たち家族の問題でありましたところを、取り返しのつかない事態を招いてしまいまして、誠に、誠に申し訳ありません」

父と私は互いに顔を見合わせ、無言のまま了承を得て私が答える。

「婚約が破棄されたことは残念ではありますが、それで私の人生が取り返しのつかない傷を負い、汚点を残したわけではありません。ご安心くださいとまでは申せませんが、あまり過剰に考えないで頂けると、こちらとしても気苦労が減ります」
「なんと……寛大な、お言葉を……っ」

ヒューソン伯爵が目尻を押さえ、すかさず夫人が差し出したハンカチで半泣きの目元を隠す。
そこでダルネル卿が弁明を引き継いだ。

「お詫びの最中に重ねての非礼ともなりかねませんが、どうか私の話を聞いてください」

ここで押し問答になっても不毛なので、私は手振りも添えて先を促した。

「どうぞ」
「誓って、私とビビアンは一対一で出会い、純粋に惹かれ合い婚約に至ったのであります」

嘘偽りを嫌う真っ直ぐな眼差しだ。
未来を背負う英雄候補にこのような個人的釈明をさせてしまい、こちらこそ申し訳なくなる。

「信じます」

私は即座に頷いた。
ダルネル卿の隣に座るビビアンは、曲がったことが嫌いで正義感の強い人物だと一目見てわかるくらい真剣な表情を崩さない。

二人に謝罪ばかりさせてはいけない。
私とパトリックの破談を二人の人生に汚点として残すのは私としても不本意だと気づく。

「御婚約、おめでとうございます」

私は敬意を表し頭を垂れた。

「いえいえ、そんな!」
「頭を下げたりしないでください、レディ・シンシア!」

気性の激しい二人の勢いにつられ、即座に姿勢を正す。
やはり押し問答になるのは不毛極まりない為、私は若干の場違いを自認しながらも四人の来訪者に微笑みを向けた。

「戯曲の完成が楽しみですね。伝説となるお二人にこのような形で巡り会わされるとは、人生とは不思議なものです」

これは本心だった。
そう思わせるだけの誠意を既に四人から感じていた。

「本当に……っ、申し訳ありません……!」

ヒューソン伯爵夫人が泣き崩れる。
私とビビアンの手が同時に伸びた。私は自重した。

「お詫びに来たのよ?我が身を憐れまないで、お母様」

ビビアンは厳しい。
パトリックがリリアナから聞いたらしい家族の暴言については、強ち誇張ではないかもしれない。

ヒューソン伯爵夫人が嗚咽を堪えながら夫からハンカチを奪い返した。

「リリアナは私に似て我儘な子で……と言うか、私にも理解できないほど自分勝手な子で……」
「手に負えないなんて言い訳をしに来たわけではないのよ?お母様、しっかりして」
「誤解を恐れずにお伝えするならば、私の義母となるこの夫人は感情豊かな人柄でありまして、ビビアンにもその気性は受け継がれております。しかし義姉となるリリアナは明確に違うのです」

親子喧嘩が始まりそうなところでダルネル卿が身を乗り出してくる。
弱腰なヒューソン伯爵と感情が豊かすぎて言葉が追いつかない夫人より、ダルネル卿の説明の方が聞きやすいのは事実だった。

「と、仰いますと?」

父が穏やかに先を促す。

「一言で表すならば、義母となる夫人の愛は周囲にも向けられるのに対し、義姉となる令嬢の愛は常に自分自身にのみ注がれているのです。義母となる夫人の感情は周囲の人間を巻き込み歓喜させ、時には鼓舞し、悲しみにも深く寄り添う美しいものです。併しリリアナは周囲の人間を唯々不快にするのです」

長い一言だった。
併しよく理解できた。

「下の娘が英雄の心を射止めたと浮かれていた間に、上の娘が名家のお嬢様から婚約者を横取りしていたとは……本当に申し訳ありません……!」
「私の育て方がいけなかったのです!私が全てのお咎めをお受けいたします……!お望みでしたらこの場で夫と離婚し実家で静かに暮らします……!ですから、ですからどうか、ビビアンの結婚だけは御許し下さい……!」
「このような場で過ぎた要求とは存じますが、お願い致します。お許しください」

夫妻に続き、ビビアンが必死な様子で頭を下げる。

「……」

両親がこうだと、自分が剣を取り男の役割まで果たしヒューソン伯爵家を支えなければとビビアンが考えるのは納得できた。

そして、私に遠慮して二人が結婚を躊躇う必要はないのである。
私に一言もなく結婚しても何ら問題ないのであって、逆にこちらがそのような文句を言えば筋違いというもの。

「先程、お祝いの言葉を口にしたのは建前ではありません。お二人を心から祝福いたします」

本心だった。

四人の真剣な眼差しを受けながら、私は多少過ぎた発言かもしれないとは気後れしつつ伝えたい気持ちを吐露する。

「時に私たちは、思いがけない出来事に見舞われると混乱してしまいがちです。併し、それで心の目を曇らせてはなりません。美しく熱い愛は讃えるべきものです。私たちが見ていくのは、私の別れの物語ではなく、英雄と気高い令嬢の愛の物語なのです。そして……」

何故かそれを伝えていいと思った。
やはり私は傲慢で、脆弱な精神を未だ飼い慣らせないのかもしれない。

「私はもうラムリー伯爵家とは無関係な人間です」

パトリックからは早々に、まるで手切れ金のように事務的な書状が添えられた慰謝料を受け取っている。

「これからラムリー伯爵と末永い関係を持たれるのはあなた方です。若い分、未熟さが目立つ伯爵です。けれど、どのような背景があったとしても、レディ・リリアナを愛すると決意した人であることは確かです。どうか責め合わず……」

やや辛くなり、私は一度言葉を飲み込んだ。
そして微笑みで仕切り直す。

「レディ・ビビアンと同じように、祝福してください。その日が……来るのなら」

我ながら偽善者のようだと思いはするが、そう感じたのだから自分に嘘を吐いても仕方がない。

辛くないとは言わない。
ただ、一度は愛した人なのだから、できれば幸せになってほしい。

そう思えるくらいには、私は冷淡だったのかもしれない。もっとしがみつくような激しく熱い愛が、パトリックは、欲しかったのかもしれない……

伝説となる二人を前にすると、私はそう思わずにはいられなかった。
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