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その名の通りイゥツェル神教国は宗教国家だ。
第二王女夫妻が長年に渡り丁寧に友好関係を築いたという土台があり、昨年同行したファロン王子がレミア姫に一目惚れをされたことで愛が芽生え今回の結婚となった。
異国の言葉というだけでなく、イゥツェル神教国には私たちの感覚でいう古語が存在し、祭祀が全て古語で執り行われている。
宗教国家であるからには祭祀を執り行うのもまた王家の役目であり、嫁いでくる姫の生活習慣はその宗教観に深く根差すものだ。
私は通訳も兼ねた侍女になる。
特殊な二言語を扱うことになるため侍女を連れて来るものかと思いきや、レミア姫は年の近いレロヴァス王国の侍女をご所望とのこと。
双方、信仰を尊重し文化交流を図る結婚だった。
ファロン王子は私の一つ年下であり、レミア姫は更に二つ年下。若い夫妻だ。私は二人の結婚式までファロン王子との接触を固く禁じられている。
母の下でイヴォーン王女と共に過ごす下積み期間は凡そ一年。
内政や情勢、宮廷外では知りようもないあらゆることをイヴォーン王女は私に教えてくれた。母と長く過ごせることはそれなりに嬉しかったけれど、それよりも私はイヴォーン王女に魅入られていった。
面白い人だった。
王女としての気品と同時に、妖しく刺激的でもあった。
政治には詳しいのに権力には興味がなく、美へのこだわりは王国の審美眼そのものを担っている。王族だけでなく侍女の美容にも干渉するためこちらとしてはその恩恵は計り知れない。
「全ての女は美しくあるべきなのよ、シンシア。飾りたてて輝く女もいれば、削ぎ落して光る女もいる。あなたが一番美しく存在するには何をすべきか、よくよく考えなさい。貪欲にね」
「は、はい……」
私だけに言っているわけではない。
この価値観をレミア姫に伝えるのは私の役目なので若干の悩みでもあるのだけれど、心と言葉の準備をする時間は充分あった。
そうこうしているうちに例の喜歌劇が完成した。
実はダルネル卿がクレイン伯爵家への配慮から制作の取り止めを申し出ていたらしい。
ところがイヴォーン王女と孫世代の王子たちが面白がって積極的に支援したため、私も知らない間に綺麗に完成していたのだ。
初お披露目を私は胸を弾ませて待った。
豪華で刺激的な宮廷での生活を満喫していた私にとって、一時的な婚約など完全に過去のものであり、最早他人事にも近いものになっていたのだ。
併し面白い誤算があった。
喜歌劇にはなんと私も登場していた。
多くの脚色が施された、宮廷騎士ダルネルと伯爵令嬢ビビアンの愛と冒険の物語。
劇中の私は一言の台詞もなく、事実に基づいて一瞬だけ泣く素振りをするだけだ。
ところがビビアン役の次席として、特に美しい女優が私役を務めてくれるのである。これは純粋に嬉しい。
「お母様……っ!あれ、私よ……!私!!」
「お黙りなさい」
「ふふ、いいじゃない。燥ぐシンシアなんて滅多に見れたものではないわよ」
「イヴォーン様もお静かに。大事な台詞を聞き逃しますよ」
私が登場し泣くということは、当然、ラムリー伯爵夫妻も登場する。
悪役とは全くの別枠で、リリアナはビビアンとは対照的な悪女として、ラムリー伯爵は好色で不誠実な男として描かれ、二人は結婚式直後の場面で公演毎に風刺に沿った滑稽な末路を迎えるそうだ。謂わば汚れ役である。
これがイヴォーン王女と王子たちの仕掛けた悪戯だった。
意地悪すぎる。
とても馬鹿にしていると思う。
しかし深刻な社会的制裁を加えるのではなく宮廷で公演する度に笑い者にするというのは、ある意味優しい制裁だ。
実際のラムリー伯爵夫妻の結婚は酷い醜聞として非難を浴びているけれど、同時に笑い話となる。これで悪意は緩和する。併し野放しにするでもない。
「あの、猫に引っかかれるとか、妙な植物のせいでかぶれるとか、その程度にして頂けないでしょうか」
私が言うと、イヴォーン王女は大笑いして私の肩を強く掴んだ。
「それじゃあお仕置きにならないでしょう?あなたを傷つけた罪と、愛を穢した罪は別なのよ。美しくなぁい」
「……」
宮廷お抱えの劇団が何をどう表現するかなど、私にはどうにもできないと割り切った。
喜歌劇そのものは英雄の冒険譚を軸にした情熱的な愛の物語であるため、とても面白かった。
後にラムリー伯爵から〝あまりに侮辱的だ〟と私個人宛の抗議文が届いたが、直後、またお金が届いた。〝笑い者にしてくれたお陰で周囲が優しくなった〟とのことだ。
この場合は慰謝料というより、謝罪と謝礼の意味があるのだろうか。
それとも、もうやめてくれという賄賂か。
何れにしても、私もラムリー伯爵も物語の添え物である。
どうにもできないし、もう関係ない。
私に大金を送りつけるのは金輪際控えてほしいという旨の一文と共に、私はお金を送り返した。
今は第五王子ファロン殿下とレミア姫の婚礼の準備で忙しく、それどころではない。
第二王女夫妻が長年に渡り丁寧に友好関係を築いたという土台があり、昨年同行したファロン王子がレミア姫に一目惚れをされたことで愛が芽生え今回の結婚となった。
異国の言葉というだけでなく、イゥツェル神教国には私たちの感覚でいう古語が存在し、祭祀が全て古語で執り行われている。
宗教国家であるからには祭祀を執り行うのもまた王家の役目であり、嫁いでくる姫の生活習慣はその宗教観に深く根差すものだ。
私は通訳も兼ねた侍女になる。
特殊な二言語を扱うことになるため侍女を連れて来るものかと思いきや、レミア姫は年の近いレロヴァス王国の侍女をご所望とのこと。
双方、信仰を尊重し文化交流を図る結婚だった。
ファロン王子は私の一つ年下であり、レミア姫は更に二つ年下。若い夫妻だ。私は二人の結婚式までファロン王子との接触を固く禁じられている。
母の下でイヴォーン王女と共に過ごす下積み期間は凡そ一年。
内政や情勢、宮廷外では知りようもないあらゆることをイヴォーン王女は私に教えてくれた。母と長く過ごせることはそれなりに嬉しかったけれど、それよりも私はイヴォーン王女に魅入られていった。
面白い人だった。
王女としての気品と同時に、妖しく刺激的でもあった。
政治には詳しいのに権力には興味がなく、美へのこだわりは王国の審美眼そのものを担っている。王族だけでなく侍女の美容にも干渉するためこちらとしてはその恩恵は計り知れない。
「全ての女は美しくあるべきなのよ、シンシア。飾りたてて輝く女もいれば、削ぎ落して光る女もいる。あなたが一番美しく存在するには何をすべきか、よくよく考えなさい。貪欲にね」
「は、はい……」
私だけに言っているわけではない。
この価値観をレミア姫に伝えるのは私の役目なので若干の悩みでもあるのだけれど、心と言葉の準備をする時間は充分あった。
そうこうしているうちに例の喜歌劇が完成した。
実はダルネル卿がクレイン伯爵家への配慮から制作の取り止めを申し出ていたらしい。
ところがイヴォーン王女と孫世代の王子たちが面白がって積極的に支援したため、私も知らない間に綺麗に完成していたのだ。
初お披露目を私は胸を弾ませて待った。
豪華で刺激的な宮廷での生活を満喫していた私にとって、一時的な婚約など完全に過去のものであり、最早他人事にも近いものになっていたのだ。
併し面白い誤算があった。
喜歌劇にはなんと私も登場していた。
多くの脚色が施された、宮廷騎士ダルネルと伯爵令嬢ビビアンの愛と冒険の物語。
劇中の私は一言の台詞もなく、事実に基づいて一瞬だけ泣く素振りをするだけだ。
ところがビビアン役の次席として、特に美しい女優が私役を務めてくれるのである。これは純粋に嬉しい。
「お母様……っ!あれ、私よ……!私!!」
「お黙りなさい」
「ふふ、いいじゃない。燥ぐシンシアなんて滅多に見れたものではないわよ」
「イヴォーン様もお静かに。大事な台詞を聞き逃しますよ」
私が登場し泣くということは、当然、ラムリー伯爵夫妻も登場する。
悪役とは全くの別枠で、リリアナはビビアンとは対照的な悪女として、ラムリー伯爵は好色で不誠実な男として描かれ、二人は結婚式直後の場面で公演毎に風刺に沿った滑稽な末路を迎えるそうだ。謂わば汚れ役である。
これがイヴォーン王女と王子たちの仕掛けた悪戯だった。
意地悪すぎる。
とても馬鹿にしていると思う。
しかし深刻な社会的制裁を加えるのではなく宮廷で公演する度に笑い者にするというのは、ある意味優しい制裁だ。
実際のラムリー伯爵夫妻の結婚は酷い醜聞として非難を浴びているけれど、同時に笑い話となる。これで悪意は緩和する。併し野放しにするでもない。
「あの、猫に引っかかれるとか、妙な植物のせいでかぶれるとか、その程度にして頂けないでしょうか」
私が言うと、イヴォーン王女は大笑いして私の肩を強く掴んだ。
「それじゃあお仕置きにならないでしょう?あなたを傷つけた罪と、愛を穢した罪は別なのよ。美しくなぁい」
「……」
宮廷お抱えの劇団が何をどう表現するかなど、私にはどうにもできないと割り切った。
喜歌劇そのものは英雄の冒険譚を軸にした情熱的な愛の物語であるため、とても面白かった。
後にラムリー伯爵から〝あまりに侮辱的だ〟と私個人宛の抗議文が届いたが、直後、またお金が届いた。〝笑い者にしてくれたお陰で周囲が優しくなった〟とのことだ。
この場合は慰謝料というより、謝罪と謝礼の意味があるのだろうか。
それとも、もうやめてくれという賄賂か。
何れにしても、私もラムリー伯爵も物語の添え物である。
どうにもできないし、もう関係ない。
私に大金を送りつけるのは金輪際控えてほしいという旨の一文と共に、私はお金を送り返した。
今は第五王子ファロン殿下とレミア姫の婚礼の準備で忙しく、それどころではない。
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