その悲劇、大嘘ですよね?元婚約者の私に慰めてもらえるとでも?

希猫 ゆうみ

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14(パトリック)

「なっ……!?」

意気消沈し辿り着いたラムリー伯爵家で私を待ち受けていたのは、縛り上げられた医者一家だった。
彼らは数日放置され酷い有様だった。まずは古参の使用人を呼びつけ彼らを介抱するのに丸一日費やさなければならなかった。

「申し訳ございません……」

今にも死にそうな声で詫びられ、私は妻リリアナの不在という現実に向き合う時を迎える。
できれば向き合いたくなかったが、そうはいかない。

私は極秘で妻リリアナの行方を探った。

実家であるヒューソン伯爵家へ帰っただけという希望は最初に打ち砕かれた。
リリアナは私との結婚によってほぼ勘当状態であり、ヒューソン伯爵家は第五王子結婚の宴を満喫していた。地獄を味わう私とは、もう生きる次元が違うようだ。

では、妻は何処に行ったのか。
いっそこのまま消えてくれたらと何度か悪魔の囁きを聞いたが、そうはいかないのが私の地獄。

リリアナは帰って来た。
劇団と画家を引き連れ、素面で帰って来たのだ。

「あら、パトリック。先にお帰りだったのね。宮殿の宴はどうだった?」
「リリアナ……」
「どうせ私を笑い者にするお芝居を皆で見ているんでしょう?よくそんな場所に顔を出せるわね。私を何だと思ってるのよ」

私は頭を抱えた。
第五王子と異国の姫君の結婚だというのに、宮廷騎士とビビアンが話題の中心なわけがないではないか。

「心配ない。君は話題にも上らない」

宴には行かなかった私ではあるが、その事実を突き付けることはできる。
リリアナは鼻で笑った。

「それもお終いよ。あなたが何もしてくれないから、私、自分でお芝居を作ったの」
「……は?」

そう。
私はもう限界で、妻が劇団と画家を引き連れて帰って来た本当の意味に気づくのが遅れた。

「……!」

気づいて愕然とする。
血の気が引いて、私はシンシアの成功を知った時同様、立ったまま一瞬気を失った。

「私が主役のラブロマンスよ!家族に苛められ、妹に陥れられて婚約者を奪われて、救ってくれたかのような夫にも無碍にされた可哀そうな私が、異国の王子様に見初められて愛と幸せを手に入れるの!!」
「……ぁ、ああ……」

私は眩暈を振り切り、すぐ事態の収束に努めるべきと自らを鼓舞する。

「冗談じゃない。帰らせろ。そんな無駄金は何処にもないよ」
「もう払ったわ。だからあの人たちは此処に居るんでしょう?何言ってるの?」
「払っただって!?君は持参金も持ってこなかったのに、一体どこからそんな……!?」
「あなたのお母様の指輪を売ったの」
「はあっ!?」

あまりの衝撃で足の力が抜ける。
私は必死で我が身を支えなければならなかったが、気づいた時には執事の腕の中にいた。

「あれは母上の形見だぞ……!?」

絞り出した叫びは酷く情けなく掠れ、上ずっていた。
リリアナはしれっと肩を竦めて笑う。

「私には触らせてもくれなかったじゃない。普通、そういうものは妻が受け継いでいくものでしょう?」
「あ……がっ……」

もう、言葉にもならない。

シンシアと結婚したとしても、母の形見は大切に保管していくつもりだった。それは父と母の美しい思い出だからだ。
シンシアであれば、あれを寄こせとは言わなかったはずだ。思いもしなかったはずだ。

この女は狂っているのではないか?

私の発想を裏付けるように、妻リリアナは痛みを堪えるような表情で大粒の涙を零し、泣き始めた。

「まあ、貰っても死んだ人の宝石なんて気持ち悪くて身につけられないけれどね。だから有効活用してあげたのよ……それしか方法がなかったんだもの!」
「……」
「私を苛めた皆を、私は絶対に許さない。幸せになるのは私。ビビアンより幸せになる権利があるんだから。私が本来はどうあるべきか皆に見せつけてやるのよ!夫であるあなたにもね!!」

妻リリアナは笑ってはいなかった。
やはり出会った日のように、自分が世界で一番可哀相な存在であるかのように、泣き叫び悲劇を訴えている。

「どうしてそんな顔するの!?あなたが愛してくれなかったから悪いんでしょう!?私を失ってから泣いたって遅いんだから!パトリックの馬鹿!!あなたなんて大っ嫌いよぉぉぉっ!!」

泣き叫ぶ妻リリアナに嫌悪しながら、私は瞬時に理性を取り戻した。

ラムリー伯爵家存続の為、やるべき事をやるのだ。

私は亡き母の形見の指輪を買い戻し、劇団や画家の口を封じる為に大金を費やした。
リリアナが被害妄想を抱くのは勝手だが、第五王子が異国の姫君を妃に迎えたこの時期に異国の王子に見初められるなどという筋書きは顰蹙以上の非難を招くに決まっている。
最悪、王家への不敬罪に問われ爵位返上を命じられてもおかしくない。

財政は余計な圧迫を受けたが、必要な後始末だった。

その間、新入りのメイドに至るまで使用人たちには徹底して妻を無視させ、食事以外何も与えないようにした。
亡き母を慕っていた使用人は多かった為、形見の指輪を盗んで売ったと知った彼らは私の望む冷徹さと厳しさで妻を正しく扱ってくれた。頼もしい限りだ。私は私用人たちの暮らしや人生を守る為にも、悪妻に打ち勝たなければならない。

離婚はできなかった。
リリアナに悲劇のヒロインである理由を与えると同時に、宮廷と繋がりのあるヒューソン伯爵家へと醜態や悪事を露呈してしまうからだ。

シンシアを裏切った時、私は地獄への道を歩み始めていた。
責任は全うしなければならない。

リリアナは悲劇の令嬢から悲劇の伯爵夫人になり、毎日、自らを嘆き泣き喚いているが知ったことではない。
たまに地下貯蔵庫から勝手に酒を盗んで泥酔するが、敷地内で酔って妄言を撒き散らすだけと思えば無視できた。

「誰かぁっ!助けてぇっ!!」

庭で叫ぶ妻リリアナの声を聞きながら、私は父に手紙を書いていた。
私の妻は悪魔に憑りつかれている、助けが必要だ──と。

選択肢など、神に縋るしかもう私には残されていなかった。
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