真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ

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グレイス王太子妃殿下の双子の妹ヒルダ、その発見からもう2年経とうとしている。
この2年の間にレーヴェンガルト辺境伯は腐敗した教会から真の追放者を大放出し、建て直した教会をヒルダに任せた。

近隣の各貴族の協力で村の復興は著しかったものの、緩衝地帯であった為に各国との緊張を生んだ。しかし国王陛下、つまり私の親戚が上手く対応に当たり事なきを得た。

あれから2年。
ヒルダがレーヴェンガルト辺境伯領へと赴く前にと、私たちは一堂に会することとなった。

「いやぁ、本当に驚いた。ワイラーがそこにいたとは」

アンティオネ殿下が対面を喜んだのは、探し求めていた兄嫁の双子の妹ヒルダよりも、ヒルダの護衛のような役割を担いつつ村を実質的に統治していた中年の大男だった。

このワイラーという男は元は宮廷騎士であり、十数年前、密命を帯び表舞台から姿を消した人物だという。

「まあ俺は、炭鉱の生まれで上品な芝居なんかできませんからね。でけぇし」
「あなたが殺したことになっている8人の仲間というのは実際、今も要所で全くの別人として密偵を続けているのですか!?」

デスティニー妃殿下の細い目がこれ以上ない程に開かれ、期待と興奮とで星の如く光り輝いている。
私は素面でここまで熱狂する珍しい姿に感心しつつ、無意識に腹部を摩った。

「もちろんですよ、妃殿下」
「あなたは陛下から誉れ高き悪役に抜擢されたと!」
「はい」
「誉れ高き汚名を被り放浪の旅を続けていたと!」
「あぁ、はい」
「凄い!熱い!燃える!!私も秘密の私設部隊が欲しいぃッ!!」

自己申告の必要がない程にデスティニー妃殿下が興奮しているのは誰の目にも明らかだった。

「デスティニー。これをお飲みになって、まあ、落ち着きなさい」

グレイス王太子妃殿下が優雅に酒瓶を差し出した。酒瓶を。
それから妹を守り続けた騎士に嫣然と微笑んだ。

「あなたのような方が始めから妹の傍にいてくださったなんて、これこそ神の御導きですね」

荒れ狂うデスティニー妃殿下とは対照的にグレイス王太子妃殿下は通常通り、落ち着いて気品に満ちている。

「そんなあなたがこれからも妹を支えてくださること、心からお礼を申し上げます。本当に、ありがとう」
「王妃様に『いってらっしゃい』を言われた日にも驚いたもんだが、この妃殿下に『ありがとう』を言われると恐ぇなぁ」
「グレイスが王太子と結婚なんてびっくり」

ヒルダが屈託なく肩を竦めて笑っているが、その身形は教会を任された厳格なシスターとして整えられているので違和感が拭えない。

「本当に、知ってりゃさっさと宮殿まで連れて行きましたよ。こいつを連れて西から東へそりゃもう大変だったんですから。最初はまあ懐かなくて」
「偶然助けられたら怪しむわよ。それにしてもグレイス、知らない間に探し回ってくれて、全部片づけてくれちゃって本当にありがとう」
「あなた、話し方を元に戻しなさい」

グレイス妃殿下が笑顔のまま、そっくり同じ顔の妹を嗜めている。
生きている間にこれ程似ている双子を目の当たりにできて、私は喜びを噛み締めた。

「お父様と、お姉様のお義父様が、村の教会に後任を置く手筈を整えてくださって、嬉しい」

ヒルダもたどたどしく上品な言葉を噛み締めている。

「緩衝地帯の復興についてはフェルネが一番の貢献者でしょう」
「いえ、別に」

グレイス王太子妃殿下に持ち上げられるのはいつものことであり、否定するのもまたいつものことだった。
必要だからそうしたのであり、偶然、私の父は私への婚約解消についてエヴァンズ伯爵家から多額の慰謝料を受け取っていたので、全額村の復興に当てたに過ぎない。

「本当にそう!女神かと思ったわよ!」

私は双子の姉妹が正反対だと思いながら腹部を摩り、ワイラーの顔を見た。

「計画は滞りなく進んでいらっしゃるの?」

身を乗り出すようにして答えたのはエヴァレット王太子殿下だった。

「それについて厄介な問題が浮上した」
「?」

和やかな雰囲気が一瞬にして緊迫し、視線が王太子に集まる。

「生前行ったエヴァンズ伯爵の手続きに穴があり、夫人の名で撤廃され例の男が後継者として名乗り出た」
「やっぱりあの時に殺しておきゃあよかったな」

ワイラーが呻る。
王太子が頷いて続けた。

「当然、陛下は認めない方針だ。夫人は確かに甚大な被害を齎したが、夫に先立たれ勘当した息子は国賊となれば発狂もあり得るだろうと同情している。相変わらず、人格者だったブライン卿を偲ぶ気持ちが強いらしい。だから予定通り夫人を待とう」

偶然ワイラーとヒルダが身を寄せていた村に辿り着いたサディアスは、その地に自分の王国を築くと息巻いていたらしく、実際、最近は私にまで妙な文書を送りつけるようになっていた。襲爵と聞けば納得だ。

私がサディアスに恋焦がれているから村の復興を助けたと思っているらしい。
甘い夢を見て惚けていてもらった方がこちらも楽に準備できるからと放っておいた。

密偵を各地に送り出すという密命を全うし放浪の身となったワイラーその人が、まさか反逆者と鉢合わせとは奇遇にも程があるだろう。しかしこれが現実だった。

エヴァンズ伯爵夫人イライザによって連れ戻されたサディアスの極秘逮捕は、直後、心労によって夫人が病に倒れたことで保留となっていた。王太子の言う通り、国王陛下がブライン卿を偲んでいる。
夫人を待つとは即ち、衰弱死を待つという意味だった。夫を亡くし、息子を取り戻し、夫人は力尽きたのかもしれない。

「本人に伯爵を名乗られるとやりずらくなるな」

デスティニー妃殿下が軍曹のような目つきで呟く。

「神の裁きを」

ヒルダがグレイス妃殿下さながらに囁いた。

「どうせエヴァンズ伯爵を名乗るなら、息子に継がせてしまっては?ジャクリーンという養女がいるでしょう。彼女の養子にしてしまえば、息子の方が正当な後継者になるのでは?」

ヒルダからリディがサディアスの子を産んだと聞いていた私は、やや早口で提案を投げかけた。
それはこの話を早く片付けてしまいたくなっていたからでもあった。私の腹部はある種の限界に到達間近である。

ヒルダが天井を見あげた。

「ジェームズは本当にいい子だった。リディだって、あんな男に狂わされなければ立派な母親なのに」
「命を取る程の悪事を働いたわけでもねぇし」

ヒルダとワイラーの二人はリディに同情的であり、サディアスとリディの息子というジェームズにはただ庇護欲を掻き立てられているのが常だ。

「二人は一緒にいるのかな?」

アンティオネ殿下が人好きする温厚な顔つきのまま疑問を零す。

「夫人が断固として反対していたという情報があるから、夫人の死後、正式に発表するつもりで傍に置いているんじゃないか?」

兄である王太子が即座に答えた。

「ジェームズに継がせるなら、母子を保護する手間が省けるわけだ。ははぁん」

デスティニー妃殿下はとにかく楽しそう。

私は立ちあがるべき時が来たと悟ったが、意を決しても腰を持ち上げるのはかなりの苦行となった。しかし私は席を立った。

「言い出したのは私なのにごめんなさいね。失礼するわ。皆さん、どうぞ続けてらして」
「!?」

視線が集まる。
沈黙を貫いていた夫レジナルドが無言のまま立ち上がり迅速に私を支えた。
私は集まった視線と、その期待に満ちた表情を若干疎ましく感じながらも満を持して告げる。

「陣痛みたい」
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