53 / 58
53(レジナルド)
しおりを挟む
春の訪れとともに妻フェルネがオックススプリング侯領の別荘へ避難し、今年から娘のミスティも同行することになり、更には父がミスティ恋しさに同行した。
うっかりすると数日、誰とも会話せず過ごしてしまう私は、墓地を訪れ弟の墓に向かって今後の抱負などを語って聞かせたりしてみたが、これがなかなか満足感を与えてくれた。
「セドリック。ではまた明日。サルトス、じゃあ」
墓守のサルトスが無口というのは承知の上のはずなのに、今日は何故だろうか沈黙の内に帰される深い会釈がどこか寂しい。
愛馬の嘶きにうっかり返事してしまいそうになりながら城へ帰る。
あれでいて居たら絶え間なく話しかけてくる妻フェルネの不在は春を迎える度に大きくなっていたが、娘が産まれてからというもの私たちは実に一心同体といっても過言ではない形態に到達した。
母を亡くした父の嘆き様が我が事のように想像できるようになってしまい、特にこの春という不在の季節、私は酷く感傷的な男に変えられてしまうのだった。春の病に苛まれなかろうと目が潤む己の姿を決して妻と娘に悟らせてはならない。
春を耐え忍び、待ち侘びた夏がやってくる。
父のいるところへ私まで加わってはさすがに団欒が過ぎると思うと迎えに行くのも忍びなく、焦れながら窓の外を眺める己の軟弱さが嫌になるのだが、丘を上って来る馬車がぽつりと視界に飛び込んでくると忽ち気分は晴れ安堵に足取りも軽くなるというもの。
喜びを顔に出さずとも、向こうも再会を喜んでいるとわかる。
「ああ、ただいま。変わりないか?」
「父上、長旅お疲れ様でした」
「否、ミスティとたっぷり過ごせて寿命が延びたよ」
誰よりも嬉しそうな父の姿を見るに、私たち一家は実に均衡のとれた家族である。
「おかえり、フェルネ」
「ええ、帰ったわ。よいしょ」
「さすがの妃殿下も父上がいるとなれば例年のように酒宴を持ち掛け野生に帰りはしなかっただろう」
「ええ。でも別の賑やかさがあったわね」
「何故だ。父も娘も無口じゃないか」
「焚火が燃え移らないようにミスティがお義父様の髭を編み込んだのだけど、それをジェマとアイヴィが面白がって」
「ああ、あの二人をまとめておけば確かに賑やかだ」
「パイのソースが垂れて固まった髭をジェマとアイヴィが必死で梳いて、大騒ぎよ」
「だから少し切ったのか」
「気づいてないかと思ったわ」
「否、触れずにおいた。夏に向けての若作りかと」
「冗談が上手くなったわね。あなたも髭を伸ばしたら?お義父様がお似合いなのだからあなたも様になるでしょう。あと、ミスティも喜ぶ」
なるほどと思い娘の顔を覗き込んで尋ねてみると、フェルネそっくりの美しい琥珀色の瞳で私を凝視し無言のまま頷いた。
この年、私は髭を蓄えると決断した。
もう若くない。しかし人生とは味わい深いものだ。変化を受け入れるのは、存外、楽しい。
うっかりすると数日、誰とも会話せず過ごしてしまう私は、墓地を訪れ弟の墓に向かって今後の抱負などを語って聞かせたりしてみたが、これがなかなか満足感を与えてくれた。
「セドリック。ではまた明日。サルトス、じゃあ」
墓守のサルトスが無口というのは承知の上のはずなのに、今日は何故だろうか沈黙の内に帰される深い会釈がどこか寂しい。
愛馬の嘶きにうっかり返事してしまいそうになりながら城へ帰る。
あれでいて居たら絶え間なく話しかけてくる妻フェルネの不在は春を迎える度に大きくなっていたが、娘が産まれてからというもの私たちは実に一心同体といっても過言ではない形態に到達した。
母を亡くした父の嘆き様が我が事のように想像できるようになってしまい、特にこの春という不在の季節、私は酷く感傷的な男に変えられてしまうのだった。春の病に苛まれなかろうと目が潤む己の姿を決して妻と娘に悟らせてはならない。
春を耐え忍び、待ち侘びた夏がやってくる。
父のいるところへ私まで加わってはさすがに団欒が過ぎると思うと迎えに行くのも忍びなく、焦れながら窓の外を眺める己の軟弱さが嫌になるのだが、丘を上って来る馬車がぽつりと視界に飛び込んでくると忽ち気分は晴れ安堵に足取りも軽くなるというもの。
喜びを顔に出さずとも、向こうも再会を喜んでいるとわかる。
「ああ、ただいま。変わりないか?」
「父上、長旅お疲れ様でした」
「否、ミスティとたっぷり過ごせて寿命が延びたよ」
誰よりも嬉しそうな父の姿を見るに、私たち一家は実に均衡のとれた家族である。
「おかえり、フェルネ」
「ええ、帰ったわ。よいしょ」
「さすがの妃殿下も父上がいるとなれば例年のように酒宴を持ち掛け野生に帰りはしなかっただろう」
「ええ。でも別の賑やかさがあったわね」
「何故だ。父も娘も無口じゃないか」
「焚火が燃え移らないようにミスティがお義父様の髭を編み込んだのだけど、それをジェマとアイヴィが面白がって」
「ああ、あの二人をまとめておけば確かに賑やかだ」
「パイのソースが垂れて固まった髭をジェマとアイヴィが必死で梳いて、大騒ぎよ」
「だから少し切ったのか」
「気づいてないかと思ったわ」
「否、触れずにおいた。夏に向けての若作りかと」
「冗談が上手くなったわね。あなたも髭を伸ばしたら?お義父様がお似合いなのだからあなたも様になるでしょう。あと、ミスティも喜ぶ」
なるほどと思い娘の顔を覗き込んで尋ねてみると、フェルネそっくりの美しい琥珀色の瞳で私を凝視し無言のまま頷いた。
この年、私は髭を蓄えると決断した。
もう若くない。しかし人生とは味わい深いものだ。変化を受け入れるのは、存外、楽しい。
184
あなたにおすすめの小説
ヒロインは辞退したいと思います。
三谷朱花
恋愛
リヴィアはソニエール男爵の庶子だった。15歳からファルギエール学園に入学し、第二王子のマクシム様との交流が始まり、そして、マクシム様の婚約者であるアンリエット様からいじめを受けるようになった……。
「あれ?アンリエット様の言ってることってまともじゃない?あれ?……どうして私、『ファルギエール学園の恋と魔法の花』のヒロインに転生してるんだっけ?」
前世の記憶を取り戻したリヴィアが、脱ヒロインを目指して四苦八苦する物語。
※アルファポリスのみの公開です。
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
あなたの幸せを、心からお祈りしています
たくわん
恋愛
「平民の娘ごときが、騎士の妻になれると思ったのか」
宮廷音楽家の娘リディアは、愛を誓い合った騎士エドゥアルトから、一方的に婚約破棄を告げられる。理由は「身分違い」。彼が選んだのは、爵位と持参金を持つ貴族令嬢だった。
傷ついた心を抱えながらも、リディアは決意する。
「音楽の道で、誰にも見下されない存在になってみせる」
革新的な合奏曲の創作、宮廷初の「音楽会」の開催、そして若き隣国王子との出会い——。
才能と努力だけを武器に、リディアは宮廷音楽界の頂点へと駆け上がっていく。
一方、妻の浪費と実家の圧力に苦しむエドゥアルトは、次第に転落の道を辿り始める。そして彼は気づくのだ。自分が何を失ったのかを。
婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした
ふわふわ
恋愛
婚約破棄――
それは、多くの令嬢にとって人生を揺るがす一大事件。
けれど彼女は、泣き叫ぶことも、復讐に走ることもなかった。
「……では、私は日常に戻ります」
派手なざまぁも、劇的な逆転劇もない。
彼女が選んだのは、線を引き、基準を守り、同じ判断を繰り返すこと。
王宮では改革が進み、領地では生活が整えられていく。
誰かが声高に称えられることもなく、
誰かが悪役として裁かれることもない。
それでも――
混乱は起きず、争いは減り、
人々は「明日も今日と同じである」ことを疑わなくなっていく。
選ばない勇気。
変えない決断。
名を残さず、英雄にならない覚悟。
これは、
婚約破棄をきっかけに
静かに日常を守り続けた一人の令嬢と、
その周囲が“当たり前”を取り戻していく物語。
派手ではない。
けれど、確かに強い。
――それでも、日常は続く。
これで、私も自由になれます
たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。
【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい
春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。
そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか?
婚約者が不貞をしたのは私のせいで、
婚約破棄を命じられたのも私のせいですって?
うふふ。面白いことを仰いますわね。
※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。
※カクヨムにも投稿しています。
あなただけが私を信じてくれたから
樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。
一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。
しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。
処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。
【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない
かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、
それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。
しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、
結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。
3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか?
聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか?
そもそも、なぜ死に戻ることになったのか?
そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか…
色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、
そんなエレナの逆転勝利物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる