真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ

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ミスティが13才になった。

グレイス王太子妃殿下の晩餐会に招かれたが、この年、ミスティは眼病に罹り著しく右目の視力を落とした。左右の見え方が違うせいで頭痛や吐き気に襲われるようになり、手元も覚束なくなる。

娘はあらゆる能力の低下に心を傷めたが、レジナルドが眼鏡を用意すると忽ち回復した。
小さな宝石をあしらった美しい眼鏡は両眼用と片目用それぞれ作られ、ミスティは装飾品の一つとして気に入り、自らデザインし職人に作らせるなどの意欲を見せた。
しかし早めの社交界デビューは逃した。

そして14才、それなりに遠くの親戚である第二王子アンティオネ殿下とデスティニー妃殿下の第一子ザカリー王子の二十歳を祝う誕生会に招かれたが、義父が病に倒れこれも逃した。
遠くはあるが親戚であり融通の利く間柄でもある為、却ってお見舞いを貰った。

「お祖父様に寂しい想いをさせてまでして社交界デビューなんてしたくありません」

レジナルドそっくりの眼差しで言われると、私も頷くよりほかなくなるというものだ。

高齢の義父は自身が危惧した通り緩慢な痴呆によってあらゆる自由が利かなくなっていたが、元来の性格から非常に優しく愛嬌のある老人になっている。
無口になり、物忘れは酷くなっていたが、相変わらず家族を愛していた。

15才という一般的な社交界デビューの年齢に達したミスティに、義父はたどたどしいながらもドレスやダンスの話題を振るようになり、体調もすっかり落ち着いていた為、ついに娘ミスティは社交界デビューを果たした。

艶めく黒髪と琥珀色の瞳。
美しい令嬢へと成長していたミスティにはすぐ求婚者が現れた。

今日この日、王太子夫妻の第三子ヘイデン殿下の花嫁を探すという側面を持った宮殿での舞踏会は、謂わば安全地帯である。
私は娘を自由にして、夫レジナルドと共に料理を楽しんでいた。

「さっきミスティに求婚したウィルバーン侯爵令息、なんて言ったと思う?」
「いつだ」
「あなたがカロル卿と池の鴨について議論していた時」
「ああ、あの時か。父親の注意を引かない瞬間を選ぶとは巧妙な」
「あなた何しに来たの?娘は結婚するわよ?」
「今ではない」
「まあ、それはね。お義父様にウェディングドレスを見せるか否か、それが問題よ」
「ウィルバーン侯爵令息はなんと?」
「眼鏡を外し髪を金色に染めろと」
「殺せ」
「心配しないで。私に求婚して処刑された人がいたでしょう。あの一件以来、王家の末裔に対して欲張っては危険だと弁える愚か者も増えたみたいだから」
「あれは君に求婚した罪ではない」
「そうだけど。ミスティは髭を生やしてから出直せと返したそうよ」

レジナルドが無言で満足そうに頷いた。
それからやや躊躇った素振りを見せ、自身の口髭を指先で扱く。鼻下で形よく整えられたその口髭は義父のように荘厳かつ壮大な蓄え方とはまた違った風格がある。

「なに?褒めて欲しいの?」
「……」
「嫌ならキスしない」
「それもそうか」

夫レジナルドが納得した時、かなり焦った様子のウィルバーン侯爵が人の波を縫いこちらに向かってくるのが見えた。
レジナルドの腕を軽く叩く。

「いらしたわ。誰も死ぬ必要はないと教えて差し上げて」
「うむ。私も息子の教育を誤る可能性はあったからな」
「いなくてよかったわよ。余計な王位継承権で首が飛ぶもの」
「確かに」

こちらが気づいたことでウィルバーン侯爵は更に血相を変える。

「バラクロフ侯爵!バラクロフ侯爵、申し訳ございません……!!」

レジナルドが威厳を以て対応した。

そういえば、レジナルドが私に求婚という取引を持ち掛けて来たあの瞬間も、私はちょうど一人で佇んでいたと思い出す。
自分だって私の父の隙を突き私に忍び寄ったのだ。

「本当になんという無礼な物言いを……!息子にはきつく言って聞かせますので、お望みでしたらどんな処罰も、お詫びのお品も当然、あの、ですから、命だけは……!」
「ふっ」

自分を棚に上げるレジナルドを私が笑うと、ウィルバーン侯爵が芸術的に蒼褪めた。
勘違いも甚だしい。

私はその誤解を即座に否定する。

「いえ、夫に求婚された日のことを思い出しましたの」
「……は、はぁ」
「御子息には、相手の喜ぶ褒め方を交えて求婚するように教えて差し上げてください」
「あっ、あの、誠に御無礼を……!」
「平気です。それしきのことで娘の誇りは揺らぎません」

この日を境にミスティはスペクタクル・アンバーという異名で呼ばれるようになった。家族や王族以外の目には眼鏡越しの琥珀色の瞳がどうやら畏怖の対象になるらしい。

デスティニー妃殿下が立派な二つ名だと言ってミスティを褒めた。
ミスティは不服そうに眉を顰めていた。しかし眼鏡は手放さなかった。

婚約成立には至らずにミスティの社交界デビューは幕を閉じた。
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