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一章.サロン・ルポゼでハミングを

一章 サロン・ルポゼでハミングを⑳

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「お疲れ様でした!」

 みなみの活気ある声が、店内全体に広がる。
 その声は芝野宮だけに向けて発されたわけではなく、スイに向けても発した言葉だった。
 いつもと同じ明るさを発揮しているみなみに、施術終わりのスイがニコッと微笑んだ。
 そのまま受付カウンターに芝野宮を誘導すると、みなみは流れのままお会計の準備に入る。
 最後のお会計はみなみに託して、スイは扉の前で見送る態勢を作った。

「六十分コース、七千円でございます!」

「はい、ちょうどね。あなたは施術しないの? えっと……井手さん?」

 新札の千円札を七枚カルトンに置きながら、芝野宮がみなみに興味を示す。
 受付担当のみなみは、元気な接客が特徴的で、男性からだけではなく女性からも人気だ。
 左胸にある『井手 みなみ』と書かれた名札をチラチラ見られながら、話しかけられた。

「私ですか? 私は受付だけなんですよ! 資格を持っていなくて」

「あら、じゃあ彼に教えてもらわなきゃね」

「はい! 絶賛勉強中です!」

「ふふふ、頑張ってね」

 芝野宮は、来店した時と明らかに違うほど、朗らかな表情をしている。
 スイが先に入り口の扉を開けたまま外で待っていると、それに気づいたように、芝野宮は早足で外に出た。
 芝野宮の背中に『ありがとうございました』と、本日何回目かわからない感謝を伝えながら、みなみも後ろをついて行く。

「今日は本当にありがとう。来て良かったわ、スッキリできたから」

「ありがとうございました。水分は多めにお摂りくださいね」

「そうだったわね、了解。じゃあまた来るわね」

 施術の時に言ったアドバイスを再度伝え、最後の印象をより良いものにする。
 お客様をお送りする時まで、ホスピタリティ精神を忘れてはならない。

「ありがとうございました!!」

 芝野宮が十メートルほど先の角を曲がる前に、二人で声を揃えて礼をする。
 完全に姿がなくなったのを感じた時、二人同時に顔を上げた。
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