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三章.サロン・ルポゼで雨宿り

三章 サロン・ルポゼで雨宿り⑩

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「もぉー」と言って笑いながら、施術の速度がゆっくりと減速していく。
 完全に指が止まると、足裏を手で包み込むようにギュッとした。
 その後に斜め上を見上げながら、しめやかな語り口調で、江頭オーナー自らの話が語られた。

「私がね、リフレクソロジーを始めたのは母のおかげなの」

「え?」

「母がね、認知症になっちゃって。すごいシャキシャキしていたのに、急に介護生活になったのよ。もう大変だったわぁ」

 辛い過去を振り返っているはずなのに、江頭オーナーは柔和な微笑みを見せている。
 その江頭オーナーの顔が、スイの目にはどうにも羨ましく映ってしまった。
 こんなにポジティブな志向の持ち主だったら、スイ自身も笑いながら母の話ができるのに……そう考えながら、江頭オーナーの続いている話に耳を傾けていた。

「言葉が出なくてイライラしている仏頂面の母を見て、何とかしてあげたいって思ったのよ。そんな時見つけたの。病院のボランティアでね、セラピストの方が来てくれて、リフレクソロジーを母に施したのよ。そうすると常に硬かった表情だったのが、みるみる穏やかになっていったの」

「それでセラピストに?」

「そう。母もどんどん元気になったし、私もいろんな人にリフレクソロジーを受けてもらいたいって思ってね。自分で店まで出しちゃったわ。母は今、妹夫婦に任せてるけど、たまに帰って施術するの。リフレクソロジーが私の人生をより良いものにしてくれたってわけよ」
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