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4章 バツイチ男の後悔 ~カレー丼~

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「だから父さんも……」
「うん?」
「父さんも……動き出したら?」

 儚げな声で、則宏は言った。そこには優しさと残酷さが詰まっている。岩関は、子供は時に残酷だなぁと思い浮かべていた。そんな簡単に、気持ちは乗ってこない。

「ありがとう。そうだな……じゃないと、則宏も心配だよな?」

 自虐気味に笑いかける。無理に明るくした。則宏は「まあね」というように一度頷く。言葉にはしないけど、則宏も心配してくれているのだ。

 少し間が空いた後、則宏は「でも……」と僅かな声量で呟いた。次は何を言ってくれるのかと、岩関は耳を澄まして聞こうとする。

「でもさ、俺の父さんは、父さんだから」

 そう言って、則宏は遠くの富士山を見た。力ない声は継続されたままだった。

 岩関は一気に感情がせり上げてきて、ついには泣きそうになってしまった。奥歯を噛みしめて、涙が流れないように力を入れる。

 あんなに家庭を顧みない父親だったのに……則宏のサッカーだって見に行かなかったくらい、無関心でダメな父親だったのに……則宏は岩関をいつまでも父親だと言ってくれた。

 岩関はわざと照れているフリをした。本当は感極まっているのに、それを悟られたくないがために「ありがとな」とニヒルに笑って、ふざけたリアクションを取る。

 則宏も照れながら笑っていたけど、本当は気づいているはずだ。岩関の感情が、忙しく動いていることを……。

 ――すっかり日が落ちて、後は帰るだけ。下山は特に話すことのないまま、止まらずに下っていった。

 高尾駅で中央線に乗り換えて、東京駅を目指す。帰りの中央線は空いていて、余裕で席に座れた。二人共アウトドアリュックを抱えたまま、電車に揺られている。

「最近ダイエット中だったからな、体を動かせて良かったよ」

 最後に何か話さないとと、無理矢理話題を絞り出した。

「確かに。父さん、そんなに腹出てたっけ?」

 そこまでつまらない話題というわけではないのか、則宏も明るい表情で話している。

「まあな。一人だと外食が多いからさ、ついつい食べちゃうんだよ」
「そうなんだ……体には気をつけてよ」

 こんな父親嫌だろうなと、情けなくなる。岩関は同情を誘うつもりも、心配をかけるつもりもなかった。

 勝手に哀愁が溢れてくる。そんな感覚に陥ってしまった。則宏はきっと、心から心配で言ったのだと思うけど、中学二年生の息子に体を気遣われると思わなかったので悲しくなった。

 老けてしまったことを露呈して悲しくなった岩関は、急激に居心地が悪くなった。

 国分寺駅に到着した時に、本能で「ちょっと寄りたいところあるから、父さん降りるからな」と言った。

「わかった。じゃあ、また来年ね。父さん、仕事頑張って」
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