親分と私

七月 優

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 私は前世から間抜けだった。
 朧げにそんなことは覚えてる。
 前世どんな最期を迎えたかも、ぼんやりと覚えていた。確か、おばあちゃんの家がある田舎で、崖近くに生えた木に生ってる、食べられる木の実を取ろうとして、足を滑らせて・・・・・・多分現在に至る。
 食い意地を張って、注意散漫になった結果が、こう言うことなんだろう。

 でも、だからって、生まれ変わった姿が・・・・・・これ何よ?
 生まれ変わらせてもらえただけでも、盛大に感謝する気持ちはあれど、この姿なにさ。

 気づいたら、自然豊かな森や山の中にいた。
 体を動かしたら、視界に入ったのは、白に近いクリーム色のような毛並み。そう、もっふもふのふさふさの毛皮を纏った自分の体の一部だった。
 ぺたんと地面に座り込み、手足をばたつかせ、動かしてみる。にぎにぎと動かせる小さな前足と後ろ足にはピンクの肉球があり、そこまで鋭くない爪も生えていた。
 その経緯で、なんと尻尾まで生えていることが判明する。まだうまく動かせないけど、自分で多少動かせるようだ。
 
 周囲の木や草と比較し、この手足の長さや全身に毛があることから、なんとなくあなぐまかいたちっぽいなと思う。
 なんだっけ? ああ、そうだ。それよりもフェレットとかオコジョっぽいっちゃぽい。

 とにかく、好奇心もあり、一度全身をこの目で拝もうと決意する。
 よいしょと、後ろ足で立ち二息歩行出来なくはない。でも、四つん這いで、四足歩行した方が大分楽だ。うん、まあ、仕方ない。

 そうして、四足歩行で歩いたり、走ったりしながら周囲をくまなく散策しつつ、私はようやく水場に辿り着いた。
 澄んだ水を湛える池のようなそこに近づいて覗いてみれば、自分の顔にこんにちは出来た。

 うん、まあ、大体私の予想は当たっていた。
 顔は、オコジョというかいたちというかフェレットというか、ハムスターっぽくもある。
 あ、かわうそにも似てるかな?
 とまあ、そんな感じの顔だ。

 愛嬌があってまあまあ可愛い顔なんじゃない? とでも思っとくことにしよう。うん。なんかちょっとだけマスコットとかぬいぐるみ感あるしね。
 つぶらな瞳、小さいピンクがかった茶色の鼻、ぴんぴんちょっとだけ口周りに生えている白いひげ。丸い小さな耳は頭の上じゃなくて、目の横の方にある感じだ。
 私的感覚だと、この胴長短足具合はかわうそに近いかもしれない。絶対に、かわうそじゃないだろうけどね!

 空腹も喉の渇きも感じず、せっせと今の自分を水に映して確認していた。
 だから、気配にも音にも気づかなかった。

 いきなり、にょきっとおっそろしい顔面が水面に映った時、私はサイレンのような悲鳴をあげた。海外の動物園に行ったときに見た、変な鳴き声のかわうその声とすごい似ていたと思う。
 悲鳴を上げつつ、振り向けば、今の私に似てるけどどこか違う二回りも大きいサイズの動物が、私を見下ろしていた。
 全身淡い黄緑色の毛皮に覆われた、でも、胸の部分にツキノワグマみたいにV字の白い線が入った、獰猛なお顔。
 怖い怖い怖い、その顔まじ怖いって。
 ハンターっぽい強面、いや、ほんと、ネズミとか見つけたら容赦しないで殺るぜって感じの悪い人相っていうの?

 あ、死んだ。
 せっかく生まれ変わったのに、そう直感した。
 なんちゅう短命だ。ああ、いと哀れなり。

 痛いのは嫌だけど、もういっそ一思いにやってくれと言わんばかりに、私は仰向けでその場に倒れた。
 諦めって大事だよね。だって仕方ないじゃん。逃げても無駄だって、本能で分かるんだもん!
 そして、幸いなことに、恐怖なのか疲労なのか、意識が薄れていく。

 どうか、途中で痛みのあまり意識を戻せしませんように。
 食べるなら、きれいに食べて、私をきちんと血肉にして生きてね。
 そんなことを朧気に思いながら、私の意識はそこでぷつりと途絶えたのだった。
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