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見聞録

観光できる地下世界 ⑤

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 男性の言葉に甘えた、エヴラールの可能な限りに明かした説明は、先ほど終わりを告げた。

 エヴラールが語った内容はこうだ。
 義理の妹と、遊びに来ていた観光地付近を探索。エリチョクたちや妖精たちと出会い、彼らと行動を共にすることに。そこでエリチョクたちが普段使用することもある穴の中に案内され、その中にあった「妖精の輪」で今の場所まで転移した。
 その内容に嘘偽りはない。ただ、隠しておきたいことは、一切告げなかっただけである。

「そうかそうか。『妖精の輪』でな。それは致し方あるまい」

 エヴラールの説明に、男性に不満の色は浮かんでいない。むしろ、それで良しとする気配が見受けられた。

「知らなかったとはいえ、此度の無礼をお許しください」

 エヴラールが礼儀正しく頭を垂れれば、リースも義兄に倣う。
 二人の反省と謝罪の態度に、男性は目をつぶりかすかに頷いた。

「もちろんだ。今回の件は、誰が悪いわけではないからな。部下たちのことは気にせんでいい。ろくに理由も聞かず、そちらのお嬢さんを怖がらせ、エリチョクたちの怒りを買ったのだから、なるべくしてなったこと。若い連中には、モンスターたちへの対応を正すいい機会にもなったろうよ」
「寛大な処置、痛み入ります」
「そう畏まらずともよい。私はとうに隠居した身なのだから」

 朗らかに男性は告げるも、顔を上げたエヴラールはわずかに眉を下げる。
 リースは横目でちらり義兄の様子を見ながら、初老ほどの男性が只者ではないことをつくづくと察していた。

「さて、みな一時休憩しようとしよう。根を詰めすぎてもいかん」

 男性の鶴の一声に、部下たちは喜びの気配を漂わせ、素直に従う素振りを見せる。
 そんな様子にやや満足そうにしながら、男性はエヴラールたちにまた声をかけた。

「君たちも一緒にお茶にしよう。この年寄りの話し相手になってくれたまえ」
「はい。是非ご一緒させてください」

 男性の誘いに、エヴラールは一切迷うことなく応じた。
 そうして、一行はその男性たちと急遽小休憩をすることになった。


 * * *


 エヴラールたちが「妖精の輪」で転移した場所は、ぽっかりと大きな空間が開いた地下の中である。その広さは、小さな民家数軒分収まるであろうものだ。
 この空間で男性陣は、何らかの作業をしていたらしい。各所にシャベルやツルハシ的な魔道具が転がっている。彼らのおかげで、中は淡い黄色の光で満たされていた。
 とある一角では、縦長のテーブルとベンチのような椅子が設置されている。そこで休憩を取ることとなった。
 男性の部下が手際よくお茶を淹れ、エヴラールたちにもそれらが振る舞われる。

「お嬢さんは、初めましてだね。私はマーキスという」
「お初にお目にかかります。私はリースと申します」

 やはり、マーキスとエヴラールは面識が元々あったらしい。先ほどまで、久々の再会を喜ぶ会話が繰り広げられていた。
 それらが一区切りつくと、ようやく初対面の二人は軽い自己紹介をした次第だ。

「それにしても、君たちは親族間で仲が良くて羨ましいよ。私のところでは、君たちのような関係の二人で旅行に行くなど、きっとないだろうからね」
「仲が良いのは、いい意味で目的や価値観が異なるから、ですね。互いが本当に欲しいものを手に入れ、それ以外は譲歩できるからこそ、私たちは均衡が取れているといえます」
「そうだな。エヴラールが話すと、不思議と説得力も増すというものだ」

 座れるかもしれない地位に幼少から目もくれず、それを補佐する立場を選んだエヴラール。
 マーキスはエヴラールの生い立ちと歩んできた人生を知るからこそ、エヴラールの言葉と思いをしみじみと噛みしめた。

「光栄にございます」

 エヴラールは柔らかな笑みを浮かべ、和やかな雰囲気を纏っている。ある意味それが、彼の選んだ覚悟を物語っているかのようだった。

 マーキスとエヴラールの会話を聞きながら、リースはしばし思い耽る。
 夫の実兄と二人きりで旅行に行くなど、大多数がしないであろう行為だと、今更ながらリースは思う。いくら親族間で仲が良いといえど、世間体的に憚られる行為に相違ないのだから。前世であれば、きっと問題視されること間違いないだろう。
 だが、エヴラールとリースはそれを親族間で認められ、こうして実行している。
 マーキスの指摘通り、エヴラールの家系が驚くほどみな仲が良いことも理由の一つ。そして、エヴラールやリースの夫の特殊な血筋もまた、理由の内に入っている。あとは、リース自身が子ども扱いされていることも、もしかしたら要因であろう。

「ただ、私は今回、家族に強制的に休暇を与えられ、義妹の保護者として旅行に同行させられたことは否めません。義妹との旅行はもちろん楽しいですが、家族たちに厄介払いされた気分です」
「なるほどなぁ」

 エヴラールの自虐ネタに、マーキスは実に愉快に笑う。
 それに対して、マーキスの部下の何人かは微苦笑を浮かべ、あとは数人おかしな感じで視線を宙にさまよわすばかりである。

 彼らがお茶を飲んで休憩する中、一部のエリチョクや妖精たちは、マーキスたちが掘ったらしい穴の中を思い思いに探検していた。マーキスたちはそれを黙認し、特に何か注意するような気配はない。
 残りのエリチョクや妖精たちは、エヴラールやリースの近くにいる。エリチョクの何匹かは、リースが先ほど渡した果実や野菜をおいしそうに頬張っていた。
 エリチョクたちの様子を見た直後、思い出したようにリースはこっそり自前のお菓子類を、自身の傍らに置いておく。すると、リースが見ていない間に、それらは妖精たちが勝手に持って行った。元々妖精たちにもらってもらうつもりだったので、リースはいつの間にかなくなったお菓子に笑みをこぼす。

「おや? リースはもしかして妖精が見えていないのか?」
「はい」

 目敏いマーキスは、リースの様子からその答えを導き出した。
 的を射た指摘に、リースは少し恐縮そうに返事をする。

「・・・・・・そうか。ところで、リースの種族を教えてもらってもいいかい?」
「はい。私は小人族の血が混じった人族です」

 小人族とは、この世界に存在するドワーフ族・メチエ族・プンドゥラマン族の総称である。小人族という種族があるわけではない。
 血液検査をしても、小人族の中に属するいずれかの血は入っていることは確かだが、どの血が流れているかはっきりと特定できない場合がある。そんな者は、先ほどのリース同様「小人族の血が入っている」として種族紹介をするのが専らだ。

「ほう。小人族の血が混じっているのか、確かにメチエ族かドワーフ族の血は受け継いでいるように見える」
「メチエ族は分かりますが、ドワーフ族の血を受け継いでいるとは初めて言われました」

 リースはきょとんとした面持ちで本音をもらす。

 メチエ族は、平均身長一メートル前後、少々寸胴で少々ポチャッとした体型を持つ。自然豊かな場所を好み、そこで生活を営むことが多い。平和と食事を愛し、肥満体型の者が多いといわれている種族だ。
 リース本人としても、自身の外見と本質的に、メチエ族の血が流れている気はしている。

 しかしながら、ドワーフ族の血を受け継いでいるとは思い難い。
 ドワーフ族はいわば職人気質な種族だ。特定の何かに、強いこだわりと技術と熱意を発揮する。
 不器用で飽きっぽい、大雑把な面を併せ持つリースは、自身がドワーフ族の血を受け継ぐとは到底思えなかった。

「なんとなく、だがね。私にはそんな気がするんだよ」
「恐縮に思います」

 穏やかにほほ笑むマーキスに、リースはよくよく謙遜の態度を示すしかない。
 エヴラールはお茶で喉を潤しつつ、成り行きを見守る姿勢を取るばかりだった。
 お茶を一口飲んでから、マーキスは改めてエヴラールとリースににこりと笑いかける。トルコ石のような瞳の奥で、何かが光った気がした。

「話題は変わるが、二人は我々がここで何をしているのか分かるかい?」

 その質問に、二人とも即答はしない。
 リースは考え合ってエヴラールの反応を待つ。
 それを理解しつつ、エヴラールは数秒後、やおら口を開いた。

「そうですね。観光地の拡大工事でしょうか」
「私も同じ意見です」
「それもあながち間違いではない」

 無難にまとめた二人の答えに、マーキスは不敵な笑みを返す。

「では、真の理由はそれ以外というわけですか」
「ああ。この近くに何かが埋まっているという噂があってね。それが本当かどうか、確かめている最中なのだよ」
「何か、ですか。それは一体なんなのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 マーキスの言い分に、エヴラールは冷静そのものだ。
 静観しているリースの顔には、マーキスが投げた話題に興味の色が浮かんでいる。
 そんな二人を見ながら、マーキスは口の端を上げた。

「それは見つかってからのお楽しみだよ」
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