63 / 69
見聞録
嘘つきさんは甘い蜜を吸っていたい ⑫
しおりを挟む
トリクシーを偽物という役割から解放するであろう計画は、もう既に口火を切った。
イグナシオの関係者が、トリクシーをロムト国で保護しているとホラッパたちに通告した。明日、トリクシーは再びホラッパたちと合流し、次の目的地に向かうことになる。
次の目的地でトリクシーは一芝居打ち、偽物を演じることに終止符を打つのだ。
そんな中、最後の記念になるかもしれないと、トリクシーは【ムーンダスト】で夕食を食べに訪れていた。
やや遅い時間帯に訪問したため、トリクシーはそのまま閉店後、本日店で勤務するリアトリスと帰宅することになる。
閉店を迎えたが、清掃終了後の店内で、リアトリスとソランジュが少々険しい顔を突き合わせていた。普段仲のいい二人が、口論を繰り広げている。
「彼女を保護すると言い出したのは私よ。リースたちを巻き込んだ責任も、計画を見届ける責任もあるわ」
「だからって、今回の計画にソランジュが参加するのは認められない」
揉めている話題は、トリクシーの計画にソランジュが協力すると言い出したことだった。
参加表明するソランジュを、リアトリスはことごとく反対する姿勢を示す。
傍目からそれを見守る他の店員たちは、落ち着きを払っていた。
トリクシーだけが、おろおろと心配の眼差しを送っている。
「それを決める権利はリースにはないでしょ」
「そうだよ。でも・・・・・・駄目ったら駄目っ! 妊娠してるソランジュを、危険な目に遭わせられるわけないじゃないっ!」
リアトリスの大きな声が、部屋の中に反響する。
事情を知らなかったトリクシーは、ソランジュが妊娠してるということに驚愕した。
ソランジュもリアトリスが自身の懐妊に気づいたことに驚いたが、それはほんの一瞬にすぎない。ソランジュはまたもや険しい顔に戻る。
「なんで知ってるのよっ! おばあちゃんから予言で聞いたのっ? それともなんか視えたっ!?」
「両方違うよっ! ソランジュと一緒にいれば、なんかよく分かんないけど気づいただけっ!」
「あっそうっ!」
互いに声を張り上げる会話は、そこで一旦休みが入った。
リアトリスとソランジュの、落ち着きたい思いが一致したのだろう。
白熱した興奮を鎮めるように、両者とも深呼吸したり、目を閉じたりする。
「とにかくっ・・・・・・。身勝手だけど私には、世界のうんちゃらかんちゃら以上に、ソランジュの体の方が心配なんだってばっ。もし計画に協力したソランジュに何か悪いことが起きれば、一生後悔するもんっ。そんなの絶対嫌っ!」
冷静さを取り戻したようなリアトリスは、ソランジュに本音をぶつけた。
リアトリスの正直な暴露に、ソランジュの緑色の瞳が揺れる。数秒後、ソランジュはハッとなった。
「もしかして、トリクシーを匿うって頑なだったのも、それが理由だったの?」
「そうだよ。それが一番の理由」
ソランジュの確認に、リアトリスははっきりと肯定する。
両者互いに見つめ合い、一分以上流れる時間。
わざと周囲に聞こえるほど、ソランジュは大きな嘆息をもらした。
「分かったわよ。私はまたここで帰りを待っていればいいんでしょ」
「うん。そうして欲しい」
腕組みをして不満げなソランジュに、リアトリスは軽く頷く。
ソランジュは不満が解消した様子はなく、未だ口を尖らせていた。
「リースが私の身を案じるように、私だってリースのこと心配してるって、理解してる?」
「してないわけ、ないじゃない。でも、大切な人を危険な目に遭わせるくらいなら、私は自分が心配される立場の方がいい。これからは、そうしたい」
リアトリスの真意が分かったのは、その場にいたトリクシー以外の全員だろう。
リアトリスが語った大切な人の中に、エルネスティーヌとファブラスも含まれている。そして、彼女の夫であるイグナシオもまた、確実に含まれていた。エルネスティーヌ・ファブラス・イグナシオは、暗黒時代を終結させた英雄五人の中の、三人なのだから。
湿っぽい空気が流れる中、リアトリスは続ける。
「それに、自分の帰りを待ってくれる人がいると、心強いしさ」
かつて居場所がなかった記憶が甦り、リアトリスの頭を占領した。安心して帰れる場所もなく、自身の帰りを誰も待っていない辛さ、悲しさ、孤独を、リアトリスは知っていた。
そのような過去の記憶が引き金となり、リアトリスの胸にちくりとした痛みが生じる。胸の痛みを誤魔化すように、リアトリスは明るく努めていた。
リアトリスの心中を、ソランジュがどこまで察したかは定かではない。真剣な顔でソランジュは口を開いた。
「それなら、いくらだって待ってあげるわよ。だから絶対に無事で帰って来てよね」
「うん」
求められた約束に、リアトリスは口元を綻ばせる。
そうして無事リアトリスとソランジュの口論が終わりを迎えれば、【ムーンダスト】にイグナシオがやって来た。リアトリスの帰りが遅いので、迎えに来たらしい。
遅くなった理由を聞いて、イグナシオはふうんと納得した。
「リースがソランジュとそこまで言い争うのは珍しいな」
「「そう?」」
イグナシオの感想に、リアトリスとソランジュは仲良く声を揃える。
「リースに言い争いしてもらえるだけ、甘えられてる証拠でしょ? イグナシオなんて、特に身に沁みてるでしょうに」
「まあ、確かに」
ソランジュの言い分に、イグナシオは同意し、リアトリスは否定しない。
しかしながら、数秒後、リアトリス・イグナシオ・ソランジュ・エルネスティーヌ・ファブラスがほぼほぼ同時に言葉を発した。
「「「「「例外はあったけど」」」」」
リアトリスはうんざりした顔で、イグナシオとソランジュは何食わぬ顔で、エルネスティーヌとファブラスは苦笑した顔で、同じセリフを吐く。
五人の脳裏には、とある人物が思い出されていた。
事情を何一つ知らないトリクシーは、ただポカンとしている。
そんなトリクシーに、リアトリスはようやく声をかけた。
「ごめんね、待たせちゃって。帰ろっか」
「は、はい」
そうして、ようやく【ムーンダスト】の二階に住んでいない者たちは、それぞれの家に帰宅する。
帰宅すると、三人とも早々と寝る準備にかかった。
明日、トリクシーはリアトリスたちと別れ、ホラッパたちと再び活動を共にする。しかし、さほど不安はなかった。
それは良くも悪くも、トリクシーの頭の中では、リアトリスとソランジュの言い争いがついつい思い出されるからである。おかげで、トリクシーはリアトリスとイグナシオの家で過ごす最後の夜を、ぐっすりとした眠りで締めくくったのだった。
イグナシオの関係者が、トリクシーをロムト国で保護しているとホラッパたちに通告した。明日、トリクシーは再びホラッパたちと合流し、次の目的地に向かうことになる。
次の目的地でトリクシーは一芝居打ち、偽物を演じることに終止符を打つのだ。
そんな中、最後の記念になるかもしれないと、トリクシーは【ムーンダスト】で夕食を食べに訪れていた。
やや遅い時間帯に訪問したため、トリクシーはそのまま閉店後、本日店で勤務するリアトリスと帰宅することになる。
閉店を迎えたが、清掃終了後の店内で、リアトリスとソランジュが少々険しい顔を突き合わせていた。普段仲のいい二人が、口論を繰り広げている。
「彼女を保護すると言い出したのは私よ。リースたちを巻き込んだ責任も、計画を見届ける責任もあるわ」
「だからって、今回の計画にソランジュが参加するのは認められない」
揉めている話題は、トリクシーの計画にソランジュが協力すると言い出したことだった。
参加表明するソランジュを、リアトリスはことごとく反対する姿勢を示す。
傍目からそれを見守る他の店員たちは、落ち着きを払っていた。
トリクシーだけが、おろおろと心配の眼差しを送っている。
「それを決める権利はリースにはないでしょ」
「そうだよ。でも・・・・・・駄目ったら駄目っ! 妊娠してるソランジュを、危険な目に遭わせられるわけないじゃないっ!」
リアトリスの大きな声が、部屋の中に反響する。
事情を知らなかったトリクシーは、ソランジュが妊娠してるということに驚愕した。
ソランジュもリアトリスが自身の懐妊に気づいたことに驚いたが、それはほんの一瞬にすぎない。ソランジュはまたもや険しい顔に戻る。
「なんで知ってるのよっ! おばあちゃんから予言で聞いたのっ? それともなんか視えたっ!?」
「両方違うよっ! ソランジュと一緒にいれば、なんかよく分かんないけど気づいただけっ!」
「あっそうっ!」
互いに声を張り上げる会話は、そこで一旦休みが入った。
リアトリスとソランジュの、落ち着きたい思いが一致したのだろう。
白熱した興奮を鎮めるように、両者とも深呼吸したり、目を閉じたりする。
「とにかくっ・・・・・・。身勝手だけど私には、世界のうんちゃらかんちゃら以上に、ソランジュの体の方が心配なんだってばっ。もし計画に協力したソランジュに何か悪いことが起きれば、一生後悔するもんっ。そんなの絶対嫌っ!」
冷静さを取り戻したようなリアトリスは、ソランジュに本音をぶつけた。
リアトリスの正直な暴露に、ソランジュの緑色の瞳が揺れる。数秒後、ソランジュはハッとなった。
「もしかして、トリクシーを匿うって頑なだったのも、それが理由だったの?」
「そうだよ。それが一番の理由」
ソランジュの確認に、リアトリスははっきりと肯定する。
両者互いに見つめ合い、一分以上流れる時間。
わざと周囲に聞こえるほど、ソランジュは大きな嘆息をもらした。
「分かったわよ。私はまたここで帰りを待っていればいいんでしょ」
「うん。そうして欲しい」
腕組みをして不満げなソランジュに、リアトリスは軽く頷く。
ソランジュは不満が解消した様子はなく、未だ口を尖らせていた。
「リースが私の身を案じるように、私だってリースのこと心配してるって、理解してる?」
「してないわけ、ないじゃない。でも、大切な人を危険な目に遭わせるくらいなら、私は自分が心配される立場の方がいい。これからは、そうしたい」
リアトリスの真意が分かったのは、その場にいたトリクシー以外の全員だろう。
リアトリスが語った大切な人の中に、エルネスティーヌとファブラスも含まれている。そして、彼女の夫であるイグナシオもまた、確実に含まれていた。エルネスティーヌ・ファブラス・イグナシオは、暗黒時代を終結させた英雄五人の中の、三人なのだから。
湿っぽい空気が流れる中、リアトリスは続ける。
「それに、自分の帰りを待ってくれる人がいると、心強いしさ」
かつて居場所がなかった記憶が甦り、リアトリスの頭を占領した。安心して帰れる場所もなく、自身の帰りを誰も待っていない辛さ、悲しさ、孤独を、リアトリスは知っていた。
そのような過去の記憶が引き金となり、リアトリスの胸にちくりとした痛みが生じる。胸の痛みを誤魔化すように、リアトリスは明るく努めていた。
リアトリスの心中を、ソランジュがどこまで察したかは定かではない。真剣な顔でソランジュは口を開いた。
「それなら、いくらだって待ってあげるわよ。だから絶対に無事で帰って来てよね」
「うん」
求められた約束に、リアトリスは口元を綻ばせる。
そうして無事リアトリスとソランジュの口論が終わりを迎えれば、【ムーンダスト】にイグナシオがやって来た。リアトリスの帰りが遅いので、迎えに来たらしい。
遅くなった理由を聞いて、イグナシオはふうんと納得した。
「リースがソランジュとそこまで言い争うのは珍しいな」
「「そう?」」
イグナシオの感想に、リアトリスとソランジュは仲良く声を揃える。
「リースに言い争いしてもらえるだけ、甘えられてる証拠でしょ? イグナシオなんて、特に身に沁みてるでしょうに」
「まあ、確かに」
ソランジュの言い分に、イグナシオは同意し、リアトリスは否定しない。
しかしながら、数秒後、リアトリス・イグナシオ・ソランジュ・エルネスティーヌ・ファブラスがほぼほぼ同時に言葉を発した。
「「「「「例外はあったけど」」」」」
リアトリスはうんざりした顔で、イグナシオとソランジュは何食わぬ顔で、エルネスティーヌとファブラスは苦笑した顔で、同じセリフを吐く。
五人の脳裏には、とある人物が思い出されていた。
事情を何一つ知らないトリクシーは、ただポカンとしている。
そんなトリクシーに、リアトリスはようやく声をかけた。
「ごめんね、待たせちゃって。帰ろっか」
「は、はい」
そうして、ようやく【ムーンダスト】の二階に住んでいない者たちは、それぞれの家に帰宅する。
帰宅すると、三人とも早々と寝る準備にかかった。
明日、トリクシーはリアトリスたちと別れ、ホラッパたちと再び活動を共にする。しかし、さほど不安はなかった。
それは良くも悪くも、トリクシーの頭の中では、リアトリスとソランジュの言い争いがついつい思い出されるからである。おかげで、トリクシーはリアトリスとイグナシオの家で過ごす最後の夜を、ぐっすりとした眠りで締めくくったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる