続・思わぬ収穫? ~見聞録~

七月 優

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見聞録

嘘つきさんは甘い蜜を吸っていたい ⑯

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 聖女の最後の魔瘴消滅。
 その際に生じた事件のあらまし含め、新聞などによって各国に速報された。
 聖女の逝去の報に接し、大勢がショックを受け、哀悼の意を表する。
 しばらくの間、その話題で物情騒然となった。

 暗黒時代を形成した魔瘴の脅威は、当時を生きた人々の間で未だくすぶっている。
 それを払拭してくれるはずの希望が、まさに聖女たるトリクシーだった。彼女が魔瘴を消すという偉業を成し遂げていただけに、彼女の喪失は至極耐え難い。
 それでも彼女の他界に一切合切絶望せずにいられたのは、彼女が残した予言のおかげだろう。

 聖女は、魔瘴はいつか全て消滅されると言い残した。

 聖女亡き後、どのような形で、その偉業が果たされるのか。それらは謎に包まれ、様々な憶測が飛び交っている。
 それでも、聖女の残したその発言は、大勢の人々にとっては希望の光となった。


 【ムーンダスト】のカウンターで、新聞を広げ見るソランジュ。温かなマルベリーティーを飲みながら、速読していた。
 店の入り口のドアから、リアトリスが現れる。

「甘い香りがするけど、家で何か作ってたの?」
「当たり。エリーやニネットたちと、就職祝いを作ってたんだ」

 目敏いソランジュの指摘に、ふふっと笑うリアトリス。
 焼き菓子が完成したときのような匂いを纏わせ、リアトリスはソランジュの隣に腰かけた。
 リアトリスがきょろきょろと辺りを見回せば、その意図に気づいた店員のコカトリスがすぐに駆け寄る。

「期間限定のミルクティー三人分、蜂蜜ムースたっぷりでお願いします。二つはこちらで、もう一つはソランジュの義妹に配達バードで送ってもらえますか?」

 注文を取ったコカトリスはさっと会釈し、厨房内へと消えていった。

「で、娘たちはどうしたの?」
「シェブトンの搾り立てミルクでミルクティーを作ると、テネヴたちと共にノムトン国へ向かいました」

 リアトリスは質問者にこやかに説明。

「なるほど、ね」

 娘たちの性質をよく知るソランジュは、しみじみと納得する。
 シェブトンは、ノムトン国固有のモンスター。羊とヤギをミックスしたような外見で、大人の大きさはセントバーナードほど。
 そんなシェブトンの乳絞りをしている幼女二人の光景が、ソランジュは容易に想像できた。

「で、エリーたちに代わり、ソランジュたちへの差し入れを持ってきました。はい、ソランジュには桑の実ゼリーです」

 「異空間倉庫道具」内から取り出したゼリーを、リアトリスはさっとソランジュに提供する。それから近くにいたコカトリスを呼び止めた。

「こちら、みなさんで召し上がってください。あ、エルネスにはスコーンは渡さないようにお願いします」

 スコーンと桑の実ゼリーの差し入れを、コカトリスは快く受け取る。

「ねえ、なんでエルネスや私はスコーンをもらえないのかしら?」
「妊娠中や授乳中は、バターや水分が多くて柔らかいチーズは避けた方がいいって聞いて。今回のスコーンはヨーグルトじゃなくて、クリームチーズを代用したから、ソランジュやエルネスは食べない方がいいと思って」
「そう」

 納得しつつも、ソランジュの表情には若干の不満があった。
 そんなところに、ドアベルが鳴る。
 リアトリスの直後に入店したのは、イグナシオだった。
 イグナシオはつかつかと歩き、妻の左隣の席に黙って座る。

「お義母様たちにきちんと送った?」
「ああ。最近何かと呪いで脅そうとする妻の命令を、きちんと果たしてきてやったさ」

 妻の確認に、不機嫌な空気を纏わせるイグナシオ。
 諸事情により、イグナシオは実の両親を好いていない。
 にもかかわらず、姪のニネットと一緒に共同制作したスコーンや桑の実ゼリーやミルクティーを、先ほど実の両親に配達バードで届けてもらったばかりだ。
 そうしたのがいくら妻や姪たちの頼みとあっても、イグナシオにはやはり面白くなかったらしい。

「わ~、なんて素晴らしく偉い夫」

 リアトリスは棒読みで発言しつつ、音が鳴らない拍手をした。
 満足そうな笑みを浮かべる妻に、イグナシオはいろいろと諦めたように肩を落とす。

 先ほど注文したミルクティーが、リアトリスとイグナシオに運ばれてきた。
 店員のコカトリスに一応断りを入れて、リアトリスとイグナシオは家で作ってきたスコーンを、ミルクティーと共にいただくことにする。
 数種類の茶葉をブレンドしたミルクティーは、茶葉とミルクの風味のバランスがいい。蜂蜜の甘さも二人にはちょうど良い配分だった。

「あれ、今回のスコーン、なんか中すごいふわふわだな」
「そうか?」

 スコーンを割って、リアトリスとイグナシオはそんな感想を漏らす。

「焼き立てだからじゃない?」

 桑の実ゼリーを食べていたソランジュが、やんわりと指摘。

「あ、そうか」
「まあ、これはこれでうまい」

 イグナシオは桑の実ジャムをたっぷり塗ったスコーンを食べ、満足げだ。

「あ、本当。いつもヨーグルトだったけど、クリームチーズ入りも十分おいしい」

 こけももジャムを塗ったスコーンを食べて、リアトリスの両頬が上がる。
 皿に積まれたスコーンは、一つ、また一つと消えていった。
 皿の上にスコーンが一つになる頃、リアトリスはジャムのついてしまった手を洗うべく、席を立つ。

「私の義妹を利用してたホラッパたち連中、どう処理されたの?」

 リアトリスの姿が完全に見えなくなってから、ソランジュはイグナシオに問いかけた。
 イグナシオは少しだけ肩を上げる。

「首謀者含む大部分は、アフティゾン国のハルニレ彼女が引き取った」
「それ以外は?」
「聞かなくても分かるだろ。イヴェットセルレア姉の親友行きだ。三人の誰だろうが、絶望のどん底を味わうに違いない」

 口調には憐みが含まれていた。
 イグナシオの甘さと優しさを理解しているも、ソランジュはどうしても呆れの吐息を吐かずにいられない。

「自業自得よ。特に、義妹を利用して、リース本物をおびき寄せようと邪教信者あいつらと通じてた奴は」

 緑色の瞳は、殺気を帯びていた。
 イグナシオとて、ソランジュのその意見に対しては同調する。

 ホラッパが腹心と思い込んでいた一人は、魔瘴に異常なほど執着する邪教信者たちに情報を売っていた。
 それによって、トリクシーは何度も危険に晒されたのだ。

 現実味のない話だが。
 もしもリアトリスが我こそが魔瘴を消滅できると大々的に宣言したならば、邪教信者はのこのこ現れた本物を真っ先に排除するつもりだったのだろう。
 偽物であるトリクシーの存在を面白く思わない本物だったならば、リスクを冒してでも存在を明かしたはずだ。
 本物の正体を見破るため、トリクシーは大分泳がされていた部分もある。

 結局、邪教信者側のそのような目論見ははずれた。
 リアトリスは、自身が魔瘴を消滅できることを、一貫して世間に公表するつもりがない。当然の結果だった。
 それどころか、邪教信者は見え透いた魂胆を逆に利用され、痛手を被った。
 
「そうだな。これで少しは連中も大人しくなるだろ」
「そうかしら? サーヴィッ国乗っ取り失敗から、さほど経っていないのにこれよ」

 すました顔の王子の発言に対し、ソランジュはニヤリと皮肉の笑みを浮かべる。

「本物の正体を炙り出して、偽物共々葬りたい意図もあったのだろうが。やはり、偽物が聖女扱いされるのが、それほど気に食わなかったんだろ。邪教の頭は、今は亡き大聖女を崇拝していたらしいからな」
「リースは、彼の国や邪教の頭について知りたがっているみたいよ」

 リアトリスがまだ戻らないことを確認しつつ、二人は真剣な口調で会話を続けた。

「分かっている」
「ずっと教えないつもり? なぜ、邪教の頭が大聖女の命を奪った魔瘴の生みの親の後釜にすわったのか。各国の魔瘴を解放・回収し、各地のモンスターの命と引き換えに、連中が何を企んでいるのか」
「教えられるわけがないだろ。どうしても教えたいなら、ソランジュがリースに明かせばいい」
「嫌よ。真相を告げた途端、リースは真っ先に彼の国へ飛んで行くでしょうが。私はリースを危険地帯に送り込みたくないし、誰かのためにこれ以上苦しんでもらいたくない」

 ソランジュはきっぱりと本音を言い切る。

「それを理解していて、俺に嫌な役目を押しつけようとするなよ」

 やれやれといった具合で頬杖をつくイグナシオ。
 夏空のような青い双眸が、ソランジュの左手に注目し、それから妊娠しているようには見えないお腹を見る。妊娠初期とあって、腹部の大きさにそれほど変化はない。
 そんな視線に気づきつつ、ソランジュはぬるめになったマルベリーティーの残りを飲み干した。

「やっぱり、私がこの子を産むこと、心配? エリーのこともあったし。・・・・・・またリースに負担かけるんじゃないかって思われても、仕方がないけれど」

 困ったようにお腹をさするソランジュ。
 イグナシオは、呆れたように溜息を吐き出した。

「馬鹿言え。俺はそんな不安抱いてないし、エリーに弟ができることを反対するわけがないだろ。おじいさんたち同様な。それに、絶対にあり得ないだろうが」

 普通であれば、疑問が生じる内容があった。
 だが、ソランジュは敢えてそれを指摘しない。なぜなら、その疑問は真実だといずれ発覚するからだ。
 ミルクティーを一口飲んでから、イグナシオは続ける。

「ソランジュの初産と同じようなことがまた起きて、リアトリスがエリーのときと同じことをしたとしても、俺たちはリースを尊重する。第一、俺たちが反対したところで、どうせリースは実行に移すだろうしな。俺たちの唯一は、そういう頑固者だ。嫌でも知ってるだろ」
「そう、ね」

 二人の会話が一区切りついたところで、二人にとって特別な相手が戻って来た。
 
「あれ? 残ってたスコーン、イオが食べてくれたの?」

 空になった皿を見て、リアトリスが夫に訊ねる。

「まあ、な」
「そっか。ありがと」
「どういたしまして」

 夫婦のやり取りを見聞きしながら、一瞬ふっと笑うソランジュ。
 それからちらと目があった紳士なる王子に、ソランジュは無言で感謝するのを忘れなかった。
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