そして破局を迎える

七月 優

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「彼とはこれ以上親しくなさらないで・・・・・・」

 勇気を持って言ってやった。
 彼女はそんな顔をしていた。
 大きな茶色の瞳、きれいな二重、肌つやのいい、バランスの取れた可愛らしい顔立ち。髪つやもよく、豊かな栗色の髪はきれいに結われている。
 今現在涙目で険しい顔つきをしていても、庇護欲をそそられる者はいると思われる小柄な女の子らしい女性だ。ピンク色やレースやフリルがついた服がよく似合う、少女めいたところを未だ彼女は持ち得ている。

 対して、彼女に対峙しているのはややきつい顔立ちの、巷では美人で罷り通っている女性であった。周囲にやすやすと近づかせない、そんな雰囲気を持っている。
 二人の背格好はさほど変わらない。ただ、涙ぐむ言葉を受け取った彼女の体型は、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいて、その女性の色香を垣間見せる装いをしている。濡れ羽色の見るからにサラサラな髪はハーフアップにして、風が吹くか歩く度、下ろされているその滑らかな髪は揺れることだろう。

「またか・・・・・・」

 ぼそり呟いた彼女の言葉は、運良くも悪くも、潤んだ瞳の女性の耳には届かない。
 

 * * *


 リージアは、溜息をつきたい衝動に駆られていた。
 いっそ、本当のことを明かそうかしらと、目の前の女性を見ながら思う。
 彼女は、リージアのよく知るラシャドという男性の恋人候補である。そう、ラシャド曰く、最近彼が関わりのある女性の中で、一番仲良くしている女性だ。
 
 ラシャドは昔から彼女、ミケイラのような可愛く少女めいた外見の女性を好む。個人の好みとしてそれは自由にすればいいと思う。
 しかしながら、彼の歴代の恋人と恋人候補の女性陣が、全員同じ勘違いをしているのはいかがなものだろうか?
 その中に、もう少し情報収集能力が高く、根も葉もない噂など気にも留めない、もしくはラシャド本人に真っ向から噂の事実確認をするくらいの女性がいても良かっただろうに。一人もいなかったというのは、こうなると奇跡に近いとすら、リージアは思いたくなる。

 姉たちから、ラシャドの過去仲良くなった女性陣の話は聞いていた。だが、こうも似たようなことがあると、最初は本当にそうなのだとリージアも驚いて楽しむ余裕があったが、今はもううんざりしている。

 だってこれでとうとう、二桁に突入したからだ。ミケイラで、ある種めでたくも十人目なのである。リージアとラシャドの関係を邪推、いや、誤解してきた女性は。

 もう誤解を解き、真実を明らかにしてしまおうか。
 リージアはそう何度も思ったが、姉たちとラシャドにそれは禁じられている。
 理由は様々であるが、ラシャド本人がそうしてくれとわざわざリージアに頼むのだから、一応リージアは彼の意を汲んでいる形なのだ。
 だが、毎回ラシャドが明らかに好意を持ち、それを感じ取って彼の愛を一身に受けたい女性が、こうもリージアに突っかかってくると、その願いに反したくもなるというもの。
 こうやってご立派に牽制や嫉妬する以前に、ラシャド好いた男について情報をもっと集めて欲しい。リージアは切にそう願う。

 そもそもだ。
 どうしてラシャドがいいなと思い、相手の女性もラシャドをいいと思った相手は、ラシャドとリージアの関係をことごとく知らないのか。いや、知ろうとは、その考えに至ろうとはしないのか、最大の謎である。
 姉たちもラシャド本人も言っていたが、呪われているに違いない。そうでなければ、リージアたちには説明がつかないのだ。
 現にリージアはその秘密を暴露しているような、まさに決定的な言葉を、既にミケイラの前で何回もしているのに、この有様なのだから。

 仕事帰りにミケイラに捕まり、こうして無駄な時間を過ごさねばいけない理不尽さを、リージアはなんてついてないとまた思うしかない。

「分かりましたから、もうよろしいですか? 仕事帰りで疲れているんです。明日も仕事があるんですよ」

 前もって約束もつけずやって来た彼女に、迷惑だと遠回しに告げながらリージアは溜息をこぼす。
 
「私だって週七日働いて、疲れた中わざわざ来たんですよ」

 まるで自分が被害者だと言わんばかりのミケイラに、リージアはだからなんだと言いたかった。リージアとて、もう休みなく働き続け本日十日目。休みは五日後である。そのことを正直にミケイラに訴えたくてしょうがない。
 それにミケイラの仕事は今回は週七と言っても、普段は週に数日休みがあり、一日の勤務時間は四時間ほどだ。一日約十一時間勤務のリージアと比べて欲しくない。勤務内容だって、ミケイラはほぼ座りっぱなしでいい宿屋の受付、リージアは販売員でほぼ立ちっぱなしなのだ。おまけに客相手に表情筋も大分お疲れだ。
 ミケイラの仕事を卑下したいわけじゃないが、勤務時間と勤務日数的に疲れているのは私の方ではないかと、リージアは申したい。
 だが、リージアは彼女に言わない。いや、知っているはずなのだから、伝える必要はないとリージアは判断する。

 ラシャド本人が実家でリージアにミケイラのその職場事情を話したように、ミケイラにもラシャドがデートでリージアの職場事情は話したことは聞き及んでいた。
 だからこそ仕事終わりでくたくたなリージアを、ミケイラは張り込んでこうしてわざわざ意味のない牽制をしに来れた。加えて彼女の先ほどの発言を考慮すれば、また同じ説明をしたところで、無駄だとリージアは判断した次第である。

「そうですか。十四時に四時間勤務を終えて、私が二十一時過ぎまで勤務を終えるまで、たっぷり休憩する時間ありきで、あなたはここに来てくれたんですね。ご苦労様です。お互いお疲れなら、それこそもう話も終わりましたし、解散しましょう。貴重な時間がとても無駄です。では、さようなら」

 あ~、あほらしい。
 リージアは心底そう思いながら、皮肉たっぷりに言って、立ち去ろうとした。何故なら、リージアは最初からミケイラに何の用もないのだから。
 ミケイラをさっと避けて帰ろうとすれば、リージアの腕を痛いくらいの強さでミケイラは掴む。
 
「話はまだ終わっていませんわ」
「・・・・・・痛いのですけれど、手を離してくださらない? 私を呼び止めたいなら、立派な口があるでしょうに、こんな暴力的にしか人を呼び止められませんの?」
「それはっ、あなたが私の話をちゃんと聞かないで逃げようとするからっ!」

 リージアの見下した表情か、低い声色か、暴力を振るうしか能のない野蛮人と遠回しにやんわり苦情を呈したいずれかが、ミケイラの気には大分障ったらしい。可愛らしい雰囲気もどこへやら、ミケイラは激昂していた。
 おまけに、わざとだろう。さらにリージアの右腕を掴む手にぎりぎりと力を込める。憎しみと恨みを大分こめているのか、力加減がおかしいと言いたくなるくらいの強さだ。

 ああ、これは姉たちから聞いた女性陣や、自分も実際に会ったことのあるラシャドの恋人もしくは恋人候補の中で、一番話が通じない女だ。そう痛感しながら、リージアは痛みに歯を食いしばる。おまけに、これほど苛烈で暴力的、怒りや嫉妬を抑制出来ず露にしたのは、ミケイラが初めてかもしれない。
 ミケイラ以外は最後まで被害者面をしてはいても、こんな風に誤解でリージアや姉たちに暴力的な行為をする者は一人としていなかった。そう考えると、今までの彼女たちはまだ口先だけで可愛いものだと思う。

 さて、どうしたものか。
 そろそろリージアがミケイラを突き飛ばさないと、食い込んだミケイラの爪で鮮血が走りそうだと思ったその時だった。
 
「今回は珍しく随分攻撃的な女だな」

 聞き慣れた声が、リージアの耳に入った。リージアの視界に映った彼は、眉根を寄せながらミケイラの手をリージアから離してくれる。
 そして、リージアに大丈夫かと問いながら、ミケイラの前に立ちはだかってくれた。
 小麦色の短髪、長身にガタイのいい体、男らしい顔つきのリージアの幼馴染が、リージアを守ってくれている。その現状に、リージアの緑色の瞳はやや丸くなった。

「ワイアット、ありがとう。とても助かったわ。でもどうしてこんなところに?」
「ラシャドに家に泊まって仕事をしないか誘われてね。それなら帰路途中で仕事終わりの君と合流し、三人で帰ろうと言う話になって、ついさっき来たというわけさ」
「なるほどね」

 リージアの恋人でもあり、ラシャドの親友でもあるワイアットは「来て良かった」と小さく呟いた。聞こえたその本音に、リージアは目を細める。同時にひどく安心もした。

「災難だったね、リージア。大丈夫かい?」

 そんな中、リージアを心配そうに気遣いながら、見目麗しい男性が近寄って来る。
 黒曜石のような肩ほどの長さの髪。ペリドットのような瞳。長身で均整のとれた体をした、壮年の彼こそ、ミケイラの想い人であるラシャドであった。
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