36 / 52
誘拐少女と探偵
4話
しおりを挟む
「すみません」
声を掛けると女性が振り向いた。
申し訳程度の化粧に、簡単にまとめられた髪の毛。手からは買い物バックを下げている。服装も飾りっ気のないもので、近場に買い物に来た主婦という様子が全身から感じられた。紅坂さんの話によるとまだ二十代後半ということだが、顔色が悪いせいか、実年齢よりも年を重ねているように見える。
「なんでしょうか?」
女性は怪しげにこちらを見る。思わずひるみそうになるが、堪えて指示された通りのセリフを口にする。
「ここへ行きたいんですけど道がわからなくて、教えてもらえませんか?」
そう言って僕はジーンズのポケットから一枚の紙を取り出した。中には手書きの地図が描かれていた。それを見た女性の表情が微かに歪んだ。
「××公園ですか?」
「そうです。友人とこの公園でキャッチボールをする約束をしているんですけど、道に迷ってしまいまして」
僕はこれ見よがしに、手に持っている野球グローブを女性の前に掲げた。もちろん僕の所持品ではなく、紅坂さんに事前に渡されていたものだ。
「この時間帯は子連れの親子がたくさんいます。キャッチボールなんてしたら遊んでいる子供に当たってしまいますから、場所か時間帯を変えたほうがいいと思います」
「そうなんですか?」
「そうよ」
女性の口調が強くなる。怒っているというより、子供を心配しているといった様子だ。他人の子供を気に掛ける女性の優しさが垣間見え、僕の良心に鈍い痛みが走る。
しかしこれは仕事である。自分から手伝いを買って出たくせに、中途半端なことはできない。感情を押し殺して続ける。
「お詳しいんですね。あなたも子供がいるんですか?」
「……そんなこと聞いてどうするの?」
女性の警戒心が強まったのがわかった。半歩下がり僕と距離を取ると、目の前の男が敵なのか値踏みを始める。
「他意はありません。そんな怖い顔をしないでください」
「場所は教えてあげるけど、公園でキャッチボールはしないこと。それは約束して」
「わかりました。友人と合流したら別の場所へ移動することにします」
素直に従ったことで彼女も安心したのか、公園までの道のりを説明しだす。僕は適当に相槌を打ちながら、無事に仕事がこなせているのかが気掛かりでしょうがなかった。
「お子さんは今どちらにいるんですか?」
「子供がいると話した覚えはないわよ」
「でも、それ」僕は女性が肩から下げているバッグを指さす。そこには電車のシールが二枚雑に貼られていた。子供のいたずらで貼られたシールを剝がせずにいるのだと想像できる。
僕に指摘された女性はシールを僕から隠すように身をよじった。それからどこか悲しそうな表情を浮かべた後、「もういいかしら」と視線を合わせずに言う。
「はい。助かりました。ありがとうございました」
お礼を言って、僕は公園の方向へ歩き出す。しかし目的地へは向かわず、女性から見えない場所まで歩くと方向転換した。そのまま周るように移動し、先ほど女性に話しかけた場所から道路を挟んで真向かいにある喫茶店の中へと入る。
店内を見回すと窓際のテーブル席に紅坂さんがいた。グレーのパーカーに身を包み、左手を服のポケットの中へ入れている。コーヒーカップを掴む右手には黒革の指ぬきの手袋をはめていた。人のファッションにあれこれ言うつもりはないが、中学生みたいなセンスだと思わずにいられなかった。
席に向かう僕を見つけると、彼女はこちらに手を振ってきた。パンクミュージシャンが付けるような手袋をした手で呼ばれると、恥ずかしさが込み上げてくる。周囲の視線が気になって仕方がない。
紅坂さんの正面に腰かけると、メニュー表を差し出してきた。
「お疲れ様。まずは飲み物でもどう? お姉ちゃんの奢りだよ」
お言葉に甘え、店員さんにホットコーヒーを注文する。
すぐにやってきたカップを一口啜っていると、紅坂さんはテーブルに肘をついてこちらを見つめている。そんなに見られていると落ち着かないのだが、にっこりとほほ笑む紅坂さんに注意することもできなかった。気にしないように決めて、コーヒーを無心で飲む。
「いい仕事ぶりだったよ」
「本当ですか? 無事に仕事をこなせたんでしょうか?」
「うん。完璧だよ。おかげさまで必要な情報はすべて集まったかな」
紅坂さんの言葉に安堵する。一方で罪悪感もあった。
先ほどの女性から、子供を奪う計画に加担しているのだから当然である。
「あの――」口を開いた僕を、紅坂さんは右手を上げて静止する。
「仕事の話は事務所に戻ってからにしよう。いまはお姉ちゃんとのデートを楽しもうぜ」
僕は口をつぐむ。うっかり誰の耳があるとも限らない場所で仕事のことをしゃべるところだった。これでは探偵の助手失格だ。
声を掛けると女性が振り向いた。
申し訳程度の化粧に、簡単にまとめられた髪の毛。手からは買い物バックを下げている。服装も飾りっ気のないもので、近場に買い物に来た主婦という様子が全身から感じられた。紅坂さんの話によるとまだ二十代後半ということだが、顔色が悪いせいか、実年齢よりも年を重ねているように見える。
「なんでしょうか?」
女性は怪しげにこちらを見る。思わずひるみそうになるが、堪えて指示された通りのセリフを口にする。
「ここへ行きたいんですけど道がわからなくて、教えてもらえませんか?」
そう言って僕はジーンズのポケットから一枚の紙を取り出した。中には手書きの地図が描かれていた。それを見た女性の表情が微かに歪んだ。
「××公園ですか?」
「そうです。友人とこの公園でキャッチボールをする約束をしているんですけど、道に迷ってしまいまして」
僕はこれ見よがしに、手に持っている野球グローブを女性の前に掲げた。もちろん僕の所持品ではなく、紅坂さんに事前に渡されていたものだ。
「この時間帯は子連れの親子がたくさんいます。キャッチボールなんてしたら遊んでいる子供に当たってしまいますから、場所か時間帯を変えたほうがいいと思います」
「そうなんですか?」
「そうよ」
女性の口調が強くなる。怒っているというより、子供を心配しているといった様子だ。他人の子供を気に掛ける女性の優しさが垣間見え、僕の良心に鈍い痛みが走る。
しかしこれは仕事である。自分から手伝いを買って出たくせに、中途半端なことはできない。感情を押し殺して続ける。
「お詳しいんですね。あなたも子供がいるんですか?」
「……そんなこと聞いてどうするの?」
女性の警戒心が強まったのがわかった。半歩下がり僕と距離を取ると、目の前の男が敵なのか値踏みを始める。
「他意はありません。そんな怖い顔をしないでください」
「場所は教えてあげるけど、公園でキャッチボールはしないこと。それは約束して」
「わかりました。友人と合流したら別の場所へ移動することにします」
素直に従ったことで彼女も安心したのか、公園までの道のりを説明しだす。僕は適当に相槌を打ちながら、無事に仕事がこなせているのかが気掛かりでしょうがなかった。
「お子さんは今どちらにいるんですか?」
「子供がいると話した覚えはないわよ」
「でも、それ」僕は女性が肩から下げているバッグを指さす。そこには電車のシールが二枚雑に貼られていた。子供のいたずらで貼られたシールを剝がせずにいるのだと想像できる。
僕に指摘された女性はシールを僕から隠すように身をよじった。それからどこか悲しそうな表情を浮かべた後、「もういいかしら」と視線を合わせずに言う。
「はい。助かりました。ありがとうございました」
お礼を言って、僕は公園の方向へ歩き出す。しかし目的地へは向かわず、女性から見えない場所まで歩くと方向転換した。そのまま周るように移動し、先ほど女性に話しかけた場所から道路を挟んで真向かいにある喫茶店の中へと入る。
店内を見回すと窓際のテーブル席に紅坂さんがいた。グレーのパーカーに身を包み、左手を服のポケットの中へ入れている。コーヒーカップを掴む右手には黒革の指ぬきの手袋をはめていた。人のファッションにあれこれ言うつもりはないが、中学生みたいなセンスだと思わずにいられなかった。
席に向かう僕を見つけると、彼女はこちらに手を振ってきた。パンクミュージシャンが付けるような手袋をした手で呼ばれると、恥ずかしさが込み上げてくる。周囲の視線が気になって仕方がない。
紅坂さんの正面に腰かけると、メニュー表を差し出してきた。
「お疲れ様。まずは飲み物でもどう? お姉ちゃんの奢りだよ」
お言葉に甘え、店員さんにホットコーヒーを注文する。
すぐにやってきたカップを一口啜っていると、紅坂さんはテーブルに肘をついてこちらを見つめている。そんなに見られていると落ち着かないのだが、にっこりとほほ笑む紅坂さんに注意することもできなかった。気にしないように決めて、コーヒーを無心で飲む。
「いい仕事ぶりだったよ」
「本当ですか? 無事に仕事をこなせたんでしょうか?」
「うん。完璧だよ。おかげさまで必要な情報はすべて集まったかな」
紅坂さんの言葉に安堵する。一方で罪悪感もあった。
先ほどの女性から、子供を奪う計画に加担しているのだから当然である。
「あの――」口を開いた僕を、紅坂さんは右手を上げて静止する。
「仕事の話は事務所に戻ってからにしよう。いまはお姉ちゃんとのデートを楽しもうぜ」
僕は口をつぐむ。うっかり誰の耳があるとも限らない場所で仕事のことをしゃべるところだった。これでは探偵の助手失格だ。
0
あなたにおすすめの小説
クラスで1番の美少女のことが好きなのに、なぜかクラスで3番目に可愛い子に絡まれる
グミ食べたい
青春
高校一年生の高居宙は、クラスで一番の美少女・一ノ瀬雫に一目惚れし、片想い中。
彼女と仲良くなりたい一心で高校生活を送っていた……はずだった。
だが、なぜか隣の席の女子、三間坂雪が頻繁に絡んでくる。
容姿は良いが、距離感が近く、からかってくる厄介な存在――のはずだった。
「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ? 手伝ってあげる」
そう言って始まったのは、恋の応援か、それとも別の何かか。
これは、一ノ瀬雫への恋をきっかけに始まる、
高居宙と三間坂雪の、少し騒がしくて少し甘い学園ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。
甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。
平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは──
学園一の美少女・黒瀬葵。
なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。
冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。
最初はただの勘違いだったはずの関係。
けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。
ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、
焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。
黒に染まった華を摘む
馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。
高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。
「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」
そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。
彼女の名は、立石麻美。
昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。
この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。
その日の放課後。
明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。
塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。
そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。
すべてに触れたとき、
明希は何を守り、何を選ぶのか。
光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが
akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。
毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。
そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。
数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。
平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、
幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。
笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。
気づけば心を奪われる――
幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!
怪我でサッカーを辞めた天才は、高校で熱狂的なファンから勧誘責めに遭う
もぐのすけ
青春
神童と言われた天才サッカー少年は中学時代、日本クラブユースサッカー選手権、高円宮杯においてクラブを二連覇させる大活躍を見せた。
将来はプロ確実と言われていた彼だったが中学3年のクラブユース選手権の予選において、選手生命が絶たれる程の大怪我を負ってしまう。
サッカーが出来なくなることで激しく落ち込む彼だったが、幼馴染の手助けを得て立ち上がり、高校生活という新しい未来に向かって歩き出す。
そんな中、高校で中学時代の高坂修斗を知る人達がここぞとばかりに部活や生徒会へ勧誘し始める。
サッカーを辞めても一部の人からは依然として評価の高い彼と、人気な彼の姿にヤキモキする幼馴染、それを取り巻く友人達との刺激的な高校生活が始まる。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる